EU 2035年ICE新車販売禁止をめぐる動き 合成燃料の可能性
EU 2035年ICE新車販売禁止をめぐる動き 合成燃料の可能性

EU 2035年ICE新車販売禁止をめぐる動き 合成燃料の可能性

 欧州の自動車産業は、150年以上の歴史を持ち、バリューチェーン全体で1,300万人以上の雇用と、EUのGDPの7%に貢献する重要な産業だ。2024年欧州自動車産業は、中国製BEVの急増によって大きなダメージを受けた。事業縮小に伴いフォルクスワーゲン(VW)はドイツの工場閉鎖を労働組合側に提示した。労働組合との交渉で工場閉鎖は撤回したものの2030年までに3万5,000人を削減することで合意するなど、自動車および自動車関連メーカーの工場閉鎖や人員削減が相次いだ。報道では2024年の欧州自動車部品メーカーの人員削減数は、コロナ禍の2020、2021年を抜いて過去最多となる5万4,000人に上ったという報告がある。

 この記事では、現在の欧州自動車産業に大きなダメージを与えた要因のひとつである、欧州連合(EU)内での2035年以降の内燃機関(ICE)による新車販売禁止に関してこれまでの動向を時系列に沿ってまとめる。

2023年3月 2035年以降のICE新車販売禁止規定の採択

 2023年3月28日、EU評議会は乗用車・小型商用車(バン)のCO2排出基準に関する規則の改定案を採択した。これによって、欧州域内では2030年から2034年までに新車乗用車のCO2排出量(Well to Wheel)を2021年比で55%、新車バンは50%削減、2035年以降は新車のCO2排出量を100%削減することに決定した。

 規制案がEU理事会で俎上にのった2022年6月時点から、ドイツ自動車産業連合会(VDA)は、「合成燃料の扱いについて明らかになっていない」として、2035年以降の新車のCO2排出量100%削減に反対の意向を示していた。

 それでも、2022年10月27日、EUの閣僚理事会と欧州議会は改定案について暫定合意し、2035年新車CO2排出量100%削減は既定路線となった。2023年2月には乗用車・小型商用車のCO2排出基準に関する規則改定案はEU議会で正式採決され、残るはEU閣僚理事会での正式採択を待つだけとなった。

 しかし、ここから自動車産業が主力産業であるドイツやイタリアを中心に、合成燃料(eFuel)の取り扱いをめぐって議論は紛糾する。最終的には、規則改定案前文11項にある「ステークホルダーと協議後、合成燃料など炭素中立な燃料のみを用いて走行する車両の2035年以降の販売について提案を行う」という内容を遅滞なく実施すると表明し、3月28日EU評議会での乗用車・小型商用車のCO2排出基準関する規則の改定案が正式採択された。

 このEU評議会での正式採択を受けて、報道各社は「欧州は2035年以降もICE車の販売を認める」方向に転換したと報道した。

EUが定義する合成燃料 RFNBO

 「炭素中立な燃料」については、2008年に採択された再生可能エネルギー指令(RED:Renewable Energy Directive)の改定版で下記表のように定義されている。

「バイオマス以外の再生可能エネルギーから製造された液体および気体燃料(RFNBO:Renewable liquid and gaseous Fuels of NonBiological Origin)」

 REDではGHG排出量計算式は、下記式のように定義されていて、使用時のGHG排出量のほかに供給・製造・輸送時のGHG排出量が加味される。一方、CCSやCCUでの削減量は相殺される。

低炭素燃料のGHG排出量計算式
E = e + e + etd + e - eccs - eccu

 E           :燃料使用時の総GHG排出量
 e       :投入物の供給によるGHG排出量
 e       :製造プロセス由来のGHG排出量
 etd     :輸送時のGHG排出量
 e       :使用時のGHG排出量
 eccs     :CO2回収・貯蔵によるGHG排出量
 eccu     :CO2回収・利用によるGHG排出量

 2023年2月に公表されたEU委員会の規制報告書によると、化石燃料であるガソリン燃焼時のGHG排出量(強度)は73.4gCO2/MJ、これに供給・製造・輸送など上流排出量が19.9であり、総GHG排出量は93.3となる。ディーゼル燃料はそれぞれ73.2、21.9で総GHG排出量は95.1である。これらの燃料の平均として94gCO2/MJを化石燃料のGHG排出量として、REDでは70%以上の排出量削減を求めている。

 更に、細則では水素源として再生可能電力発電施設からの電力を使用すること、つまりグリーン水素のみであり、CO2源としては、化石由来のCO2やDACによるCO2、バイオ燃料に由来するCO2などとなっている。

 REDの定義からは、現時点では合成燃料の成立性を難しくする懸念が2つある。ひとつは原料に関することで、グリーン水素とDACによるCO2ともに現在の技術・事業進展性から合成燃料を製造すると高価なものになってしまうこと。もうひとつは供給・輸送などの排出量もGHG排出量計算に加算されることで、欧州以外の地域で製造した合成燃料を欧州へ輸送すると総GHG排出量が規制値を上回る可能性があることだ。

合成燃料巻き返しヘの動き

 2024年3月の規則改定案採択から合成燃料巻き返しの動きをみてみよう。

EPP

 2024年7月、欧州議会で最大政治団体である欧州人民党(EPP)は、2035年ICE新車販売禁止について、規則を緩和して合成燃料の使用を免除することを支持した。EPPは欧州委員会委員長であるウルズラ・フォン・デア・ライエン氏の政治母体である。EPPの合成燃料支持の発表を受け、フォン・デア・ライエン氏も「合成燃料は輸送の脱炭素化に重要な役割を果たす」と述べている。

VDA

 2024年8月20日、VDAはドイツ政府にバイオ燃料や合成燃料などの再生可能燃料の生産拡大を促すよう要請した。ドイツ政府は、2030年までに国内のBEV台数を1,500万台に拡大することを目指しているが、VDAは、この目標が達成されても国内には4,000万台のICE車が残ると指摘し、温室効果ガス排出量の削減に向けては、バイオ燃料や合成燃料の十分な供給が必要としている。

ドラギレポート

 2024年9月9日、欧州中央銀行(ECB)前総裁マリオ・ドラギ氏は、「欧州のための競争力戦略」と「詳細分析および提案」という2つの報告書から構成される700ページにも及ぶドラギレポートを発表した。報告書では欧州の産業全般について分析と戦略がなされているが、ここでは自動車部門の合成燃料に関する部分を抜粋する。

 自動車部門全般については、中国自動車メーカーのBEVシェアが上昇したのに対し、欧州自動車メーカーのシェアが低下したことを示し、「EUの計画の欠如を示す重要な例であり、産業政策なしに気候政策を適用している」と批判している。

 EU規則は技術中立性が原則であるが、「自動車部門では『タンク・トゥ・ホイール』アプローチに基づいてCO2排出基準規則の改定を行い、ゼロ・エミッション車(ZEV)、特にBEVの急速な市場浸透枠組みを設定した」として、見直しを示唆している。

 分析では、BEVの部品供給から生産を含むCO2排出量(カーボンフットプリント)は、現在の技術ではバッテリー製造での原材料の採掘から処理を含む工程でのCO2排出量が多く、生産段階ではICE車のCO2排出量よりも高くなると指摘している。

 代替燃料の可能性については、「大型車両や特定インフラ向け、およびEV充電インフラが未発達の地域などで利用可能であり、既存のICE車のCO2排出量を削減する」としている。その上で、Fit for 55の見直しで、「CO2フリート排出規制と代替インフラ規制の見直し」を提案。見直しには「炭素中立燃料の可能性と競争力の評価も考慮する必要がある」としている。

 つまりは、タンク・トゥ・ホイールでの評価ではなく、ライフサイクル評価での見直しが必要だと強調している。

欧州自動車工業会

 2024年12月10日、欧州自動車工業会(ACEA)は、EUの自動車産業行動計画の策定に向けた提言書をまとめた。それによると、乗用車、小型商用車、大型商用車のゼロ・エミッションは市場主導であるべきで、2025年までに市場およびバリエーション、更により広範な枠組みでの条件を評価して、メーカーが競争力を維持しながら脱炭素化目標を達成できるよう、小型車・大型車の両方のCO2規制を見直すことを提言している。

EPP 立場表明書

 2024年11月11日、欧州人民党(EPP)は、欧州自動車産業の競争力確保に関して立場表明書(ポジションペーパー)を発表した。それによると、技術中立性を中核的な指針としてCO2排出性能基準を見直す必要があるとして、2035年ICE新車販売禁止は撤回されるべきだと主張し、規制の改訂では、eFuelやバイオ燃料、再生可能燃料、合成燃料などの代替燃料の役割を認めるべきだとしている。

欧州自動車産業の将来に関する戦略的対話

 上記のような欧州内での動向を受けて、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、欧州自動車産業の将来に関する戦略的対話を提案、2025年1月30日、欧州自動車工業会(ACEA)や欧州自動車サプライヤー協会(CLEPA)を含む関係産業団体や企業も市民団体代表が参加した初会合が開催された。

欧州自動車工業会

 欧州自動車工業会は、メルセデス・ベンツCEOであるACEA会長のオラ・ケレニウス氏が、「EUの自動車業界は、ゼロエミッション・モビリティへの移行に全力で取り組み、経済的にも投資を続けている。しかし、この移行を成功させる唯一の方法は、市場と需要主導の変革にすることだ」と述べた。

欧州自動車サプライヤー協会

 自動車部品サプライヤーは、CLEPA会長のマティアス・ジンク氏が、「EUは屋根から家を建て始めている。脱炭素化に関する気候政策は、特定の技術や最終製品を規定するのではなく、エネルギー源と化石燃料の削減に焦点を当てるべきで、2035年が急速に近づいている中、プラグインハイブリッド、レンジエクステンダー、水素、持続可能な燃料など、電動化に向けたより広範な技術的の活用」を呼びかけた。

欧州委員会

 この戦略的対話は、パブリックコンサルテーションや4つのテーマ別部会で意見が交わされることになる。欧州委員会フォン・デァ・ライエン委員長は、2025年3月5日に包括的な行動計画を提出するように指示をしている。

所感

見過ごされた論点

 以上、2023年3月、EU評議会での「2035年ICE新車販売禁止の改定規則」の採択から、特に合成燃料の可能性についての関係団体などの動向を見てきた。

 EPP、ACEA、CLEPAが主張する、技術中立性の立場からはBEVだけでなく持続可能な燃料でのICE車も選択肢があり、ゼロ・エミッションへの移行は市場主導であるべきだという論点は正当性があるように感じる。

 また、VDAやドラギレポートでも言及されているが2035年ICE車の販売が全面禁止されたとしても、2040年時点で4,000万台のICE車が残り、合成燃料など持続可能な燃料に対する戦略的投資がなされていないという指摘は見過ごされた論点と言えるだろう。

持続可能な燃料

 持続可能な燃料については、いろいろな可能性が示唆されている。再生可能エネルギー指令REDでは、RFNBOのほかに下記表のようにリサイクルカーボン燃料やバイオ燃料が規定されている。

 また、ドラギレポートの中には下記表のような液体燃料や気体(液化)燃料の紹介がされている。

 更に、言及するならば船舶用代替燃料として注目されているeメタノールや、日本でも技術開発が行われているeメタン、燃焼可能ということであればアンモニアも代替燃料候補になる可能性がある。

 逆に言うと、様々な代替燃料候補があり選択できていないことが、持続可能な燃料への投資について積極的に推進されない弱点になっている面があると感じる。

 (追記)欧州自動車部門のための実行計画

 2025年3月5日欧州委員会は、技術革新とデジタル化、クリーン・モビリティ、競争力と強靭なサプライチェーンなど5つの柱(ピラー)から構成される「欧州自動車部門のための実行計画」を公表した。

 実行計画での目玉のひとつは、欧州のCO2排出基準について、BEV販売が減少している現状から、各自動車OEMは2025年の乗用車CO2排出基準が履行できないリスクが高く、2025年、2026年、2027年のCO2排出量の合計でCO2排出量規制を履行できるように規制を改正するとしたことだ。規制適用を先送りにして、OEM各社が規制を満足できないことで罰金を支払うのを免除したが、規制値自体の改正はなく、欧州のポリシーとしてBEV推進による自動車部門の脱炭素化を肯定する内容となっている。

 筆者が注目していた代替燃料については、実行計画では取り上げられることはなく、次のような表現になっている。

「既存規制の実行
 欧州委員会は、(EUの)技術支援政策を通じて、代替燃料インフラ規制 (AFIR) および建築物エネルギー性能指令 (EPBD) で想定されている措置の実施に向け、加盟国への的を絞った技術支援を行う。
 代替燃料インフラ施設政策(AFIF)は、充電および水素燃料補給インフラの展開を支援するために、効果的かつ効率的な手段である。代替燃料インフラ施設政策(AFIF)を基に、2025年および2026年、特に大型車両に重点を置いた代替燃料インフラの展開プロジェクトに5億7,000万ユーロを投入する。」

 従来のBEV推進路線が継続された形だ。上記のように欧州の自動車関連業界には代替燃料推進への期待もあるようだが、今後そのまま進んでいくのだろうか。

参考、出展
EUROPEAN COUNCIL ‘Fit for 55’: Council adopts regulation on CO2 emissions for new cars and vans
EUROPEAN UNION Renewable Energy Directive
ACEA CONTRIBUTION TO EU INDUSTRIAL ACTION PLAN FOR THE AUTOMOTIVE SECTOR
EPP Group Position Paper: Securing the Competitiveness of the European Automotive Industry
The Draghi report on EU competitiveness
ACEA EU vehicle manufacturers support urgent action after Strategic Dialogue meeting
CLEPA Strategic Dialogue: Technology diversity is the only long-term solution
EUROPEAN COMMISSION President von der Leyen launches Strategic Dialogue on the Future of the Automotive Industry and announces Action Plan

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