日本の大手化学会社は、自社の石油化学関連事業について再編あるいは再構築と言った表現で方向性を示し、連携などの構想を2024年度中に出すよう検討している。ここでは、石油化学産業の概要と関連各社の最近の再編・再構築に関する発表をまとめる。
目次
石油化学工業の構造
石油化学産業を取り巻く環境
国内のエチレンプラント
各社の石油化学事業方向性と検討項目
三井化学、出光興産
住友化学
旭化成
レゾナック
樹脂、樹脂原料の撤退、生産停止動向
再編・再構築に向けて
石油化学工業の構造
日本の化学産業は、ナフサを分解してエチレンやプロピレンなどを精製するナフサクラッカー(エチレン製造プラント)を中心に展開する。ナフサから精製されたエチレンなどの化学物質は、プラスチックや繊維、塗料・接着剤、機能性化学品変換され、自動車、電気電子、医療品、建築土木、消費財など多くの市場に流れていく。
自動車産業は、数多くの部品が組み合わされることで最終製品としての車が完成し市場に供給される。産業は、ピラミッドの底辺の部品から頂点の車に向かって流れていく逆三角形の形をしている。
石油化学コンビナートでは、頂点のナフサが分解され、底辺に向かって様々な製品が、多くの市場に供給される。自動車産業とは逆の流れであり、石油化学工業協会はこれを「多面的かつ多段的」なピラミッド型と表現している。
この構造が石油化学産業の再編を難しくしている。自動車産業の場合、自動車OEMのリーダーシップで、部品メーカーの方向性を決めることができるが、石油化学産業では、ピラミッドの下部の企業は異なった市場に、異なった製品を供給しているから、頂点の化学企業の方向性・再編行動だけで化学産業の再編・再構築を決めることができない。
とは言え、上部のエチレン生産プラントは各化学製品の基となるため、エチレン生産プラントの停止は原料の供給を受けている企業にとっては大きな影響を受けてしまう。
更に、石油化学コンビナートを設置している地域は、コンビナートがあることで成り立っている部分があるため、エチレン生産プラントなどの撤退などによるコンビナートの縮小は地方経済への影響も懸念される。
石油化学工業の再編・再構築は、個別の企業、産業、地域・日本全体でのコンビナートの配置などの複雑な利害関係が絡んでいる。
石油化学産業を取り巻く環境
日本のエチレン生産量は、2021年(1月から12月)が633万トンであったのに対し、2022年が541万トン、2023年が531万トンと、2021年に対しそれぞれ15%、16%の減少となった。
月別平均で見ると、2021年が52万トン、2022年が45万トン、2023年が44万トンであり、エチレン生産設備の稼働率は2022年6月以降85%を下回っている。これは、石油化学工業の構造調整を行った2012年から2013年と同じレベルだ。
2012年の構造調整時、化学工業業界は2014年5月に三菱化学(現、三菱ケミカル)鹿島事業所の第1エチレンプラントを停止、2015年5月に住友化学千葉工場のエチレンプラントを停止、2016年2月には旭化成水島製作所のエチレンプラントを停止している。
稼働率の低下の原因のひとつが中国だ。ナフサを分解精製して生成されたエチレンは、国内で使用されるだけでなく、輸出も行っている。2022年のエチレン換算輸出量は187万トンであった。国別では中国が断トツで多い94万トンとなっている。
中国はこの10年で国内での大規模エチレン生産プラントを新設し、エチレン生産能力を2倍以上に増強した。一方で、中国経済の減速によって国内需要は低迷し、日本から中国への輸出は難しくなっている。
エチレン生産プラントの稼働率が90%を下回ると収益性に影響を与える。エチレン生産プラントを保有する化学会社は低迷する石油化学事業の再編を何とか果たしたいというのが実情だ。
国内のエチレンプラント
日本には現在12基のエチレン生産装置が稼働していて、東は茨木県鹿島から西は大分県までの各コンビナートに繋がっている。
歴史的には、1950年代後半に住友化学工業の愛媛コンビナート、三井石油化学工業の岩国・大竹コンビナート、三菱油化の四日市コンビナートでエチレン生産設備が稼働を開始したのを始まりに、日本のエチレン生産量は増加していった。
1970年代後半、各社のエチレン生産能力に対し需要低迷で稼働率は低迷した。政府の介入により1983年特定産業構造改善臨時措置法(産構法)が制定され、エチレンは全体で32%の設備が休止や廃止となり、汎用樹脂会社も共販会社体制に移行した。
その後、エチレン需要は回復し、一部エチレン生産設備の廃棄などで稼働率も改善したため、1987年には産構法での石油化学の業種指定は取り消された。石油化学工業協会はこれを次のように表現している。
「長らく保護と規制の時代を歩んできた石油化学業界にとって、自由と責任の時代に入った」
つまり、複雑な利害関係が絡む石油業界の再編・再構築を個別企業が解決しなければならない時代になったということだ。
各社の石油化学事業方向性及び動向
2023年12月から2024年5月に発表された各社の石油化学関連事業の方向性と検討項目を下表にまとめた。各社、石油化学事業の「再編」や「再構築」を方向性として掲げる。
三井化学、出光興産
エチレン生産設備(ナフサクラッカー)については、三井化学は2023年12月の事業戦略説明会資料の中で、「他社/地域連携を視野に入れた最適運営」としている。2024年3月27日三井化学は、出光興産と共同で「千葉地区エチレン装置集約による生産最適化」の検討開始の発表を行い、出光興産の設備を停止する方向で検討を行っているとの報道があった。
住友化学
住友化学は2024年4月30日発表の経営戦略説明会で、丸善石油化学と共同運営している京葉エチレンについて「既存エチレンプラントの合理化」を謳っている。京葉地区は、上記の三井化学、出光興産を含めて4基のエチレンプラントがあり、三井化学・出光興産の合理化の動きが「京葉エチレンの合理化」をどのように影響を与えるかがカギとなる。
旭化成
旭化成は2024年5月20日の経営説明会で、「ナフサクラッカー関係は西日本のパートナー候補と検討推進中」としている。5月8日旭化成は、三菱ケミカル、三井化学と共に「西日本におけるエチレン製造設備のカーボンニュートラル実現に向けた3社連携の検討」を開始したと発表した。
旭化成は、水島コンビナートで三菱ケミカルと共同で三菱ケミカル旭化成エチレンを運営している。三井化学は大阪コンビナートで子会社である大坂石油化学がエチレンを生産している。東の京葉地区と異なり、大阪府、岡山県・水島、広島県大竹・山口県岩国に跨る地域で合理化を図ろうというものだ。
レゾナック
レゾナックは2024年2月14日「共創型化学会社」説明会で、「石油化学事業のパーシャル・スピンオフ検討」を開始したと発表した。レゾナックは半導体関連事業に特化し、保有する大分コンビナートでの石油化学事業を切り離すというものだ。分離することで上記の西日本での三井化学(大坂石油化学)、三菱ケミカル、旭化成のエチレン事業の合理化検討の中に入りやすくなる可能性がある。出光興産の周南コンビナートでのエチレン製造設備を含めて、西日本でのエチレン生産設備の再構築検討は大きな絵を描こうとしているとの報道がある。
樹脂、樹脂原料の撤退、生産停止動向
2020年以降の主な樹脂、樹脂原料の撤退及び生産停止について発表について表に掲げる。旭化成、住友化学、三井化学、三菱ケミカルなどで、競争力の低下した樹脂や樹脂原料の撤退や生産停止発表を行っている。
各社の石油化学事業の検討項目には、三井化学が「PP・PE:他社連携による最適化検討」。住友化学が「ポリオレフィン企業連携」とあり、両社のポリオレフィン事業の連携検討が行われていることが示唆される。エチレン設備の再構築と共に樹脂事業の再編検討も行われている。
再編・再構築に向けて
エチレンを中心とした石油化学工業の事業環境は厳しい。中国での大規模で新しいエチレン生産設備での能力に対して、日本のエチレン設備は老朽化も進み、中国のような大規模設備は新設できず対応はできていない。
政府の検討会でも、化学産業の競争力強化のためにはカーボンニュートラル実現を目指す必要があり、そのためにはナフサ分解炉のアンモニア等脱炭素燃料への「燃料転換」と、原料をナフサ由来からバイオマスや廃プラなどに転換する「原料転換」を並行して進めることが重要としている。
西日本での「カーボンニュートラル実現に向けた3社連合の検討開始」の発表は、この趣旨に沿ったものとなっていて、他の地域のエチレン生産設備を含めた化学産業は検討項目のひとつとなる。
しかしながら、現時点では燃料転換も原料転換も、既存燃料・原料に対してコストメリットはなく、カーボンニュートラルを謳うだけでは、衰退を早めてしまう可能性がある。
化学産業は多面的かつ多段的なピラミッド型を形成した産業で、生産停止・集約など合理化については、多くの関連会社の利害関係が絡み、個別の企業の思惑だけでは「複雑な方程式」を解くことはできない。一方で、競争力が失われた事業を個別企業が運営していくのは企業経営としてできない。経済合理性だけを強調するならば、競争力を失った化学工業関連事業は撤退の道を歩むことになってしまう。
いずれにしても、エチレン生産設備を保有する各社は合理化など再編・再構築を検討していて、どのような「解」を各社が出してくるのか、2024年は石油化学工業にとって、また将来の日本の化学産業構造にとって重要な年となる。
参考
・JPCA日本化学工業協会 https://www.jpca.or.jp/
・経済産業省生産動態統計
・各社事業、経営説明会資料、生産停止・撤退発表資料