SAF廃食用油争奪戦からの第2章
SAF廃食用油争奪戦からの第2章

SAF廃食用油争奪戦からの第2章

 コスモ石油と日揮HDは2025年1月10日、持続可能な航空燃料SAF(Sustainable Aviation Fuel)の国内での製造設備が完成したと発表した。筆者は2024年3月に「日本でのSAF製造動向と原料調達課題」と題する記事をブログに載せたが、その後関係各社はSAFに関する動向を頻繁に発表している。ここでは2024年3月以降のSAF動向を中心にまとめる。

SAF原料としての廃食用油争奪戦

目標と経緯

 日本政府のSAF導入目標は、2030年までに国内航空燃料へのSAF混合比率10%というものだ。具体的には下記グラフに示すように2030年で171万kLのSAFが必要となる。これに対して、石油元売り各社は2030年までのSAF製造目標を掲げた。ENEOSが年産50~70万kL、出光興産が50万kL、コスモ石油が30万kL、太陽石油が22万kL、富士石油が18万kL、合わせて170~190万kLとなり想定需要を賄う目標となっている。

 一方、現状各社が取り組んでいるSAF製造目標は下記表に示すように、2028年までの合計で140万kLとなっている。2030年目標を達成するためには、30~50万kLの積み増しが求められる状況だ。

 各社のうち最も早い運転開始として2024年度内を目標にしていたのがコスモ石油である。コスモ石油は2022年11月、日揮HDおよびレボインターナショナル共同で、SAF製造会社Saffaire Sky Energy社を設立し、強力にSAFサプライチェーン構築を進めてきた。「日本でのSAF製造動向と原料調達課題」でも指摘したように、HEFA(Hydroprocessed Ester and Fatty Acids: 廃食用油などの水素化処理による合成パラフィンケロシン)によるSAF製造では、廃食用油などの原料確保が必要となる。

 日揮HDは、SAF原料としての廃食用油の確保に向け、飲食店展開会社や給食事業者などへのアプローチを積極的に行い、毎週のように供給に関する契約を締結したと発表した。2025年1月までに石油元売り各社が発表した廃食用油の供給先を下記表にまとめたが、一目瞭然でコスモが供給先を確保したことが分かる。このような動向から、コスモ石油は2024年11月22日、SAFの原料となる廃食用油の調達にめどが立ったと発表した。外食事業者から9割以上の廃食用油を調達し、残りは堺市など自治体との連携で家庭からの回収を想定する。

廃食用油争争奪での課題

 コスモ石油、日揮連合の動向を見ていると、HEFA SAF原料としての廃食用油調達の確保は大変な努力が必要だということが分かる。出光興産やENEOSもHEFAでのSAF製造を目指しているが、コスモ石油の3万kLに対して、出光25万kL、ENEOS40万kLであるので、原材料調達はコスモ石油の10倍以上必要となる。

 全国油脂事業協同組合連合会の資料および全油連事務局長のインタビュー記事によると、日本の廃食用油の再生利用量は年間30~40万kL程度である。過去には8割以上が飼料原料として活用されてきた。2017年度のデータでも飼料原料として64.6%が利用されている。SAFが国際的に注目される2021年以降は、ネステなど海外合成燃料製造業者が日本の廃食用油を買い占めるようになり、廃食用油の争奪戦が本格化したことで飼料原料への割合が減少した。

 2022年度の廃食用油の再生利用用途の合計数量(暫定データ)は36万トンであり、燃料原料としては国内向けが1.5万トン、国外向けが12万トンだ。そのような状況の中、コスモ石油が3万kL分のSAF原料としての廃食用油の調達を確保したことになるが、国外向け数量が変わらないとすれば、飼料原料向けや工業原料向けに再利用されていた廃食用油割合が減少したことになる。

 課題は2つある。今後HEFAでのSAF製造を目指している出光興産やENEOSは日本国内での廃食用油をSAF原料としてはあてにはできないということ。もうひとつは、SAF原料への活用によって廃食用油価格は高騰し、従来活用されてきた飼料原料としての使用量自体が減少することで、食肉価格などへの影響があるということだ。

SAF製造技術と原料

 SAFを製造するための技術を見ていこう。ジェット燃料は炭素数9から16のパラフィン類や芳香族化合物を主成分とする混合物だ。

SAF製造技術 ①水素化

 廃食用油や獣脂、非可食植物油、藻類などの脂肪酸エステルは水素化処理することで飽和炭化水素となる。これを精製することで炭素数を9から16の長さに整え、SAF原料として使用する。フィンランドのネステ社や米国のワールド・エナジー社がSAFを供給している。

SAFの品質規格であるASTM D7566では、Annex2で植物油等の水素化処理により精製された合成パラフィン軽油として登録されていて、従来油との混合上限が50%と制限されている。また、Annex7には微細藻類由来の炭化水素による水素化処理でのHEFAが登録されているが、混合上限は10%である。

SAF製造技術 ②AtJ

 アルコールを触媒反応で合成パラフィン軽油を製造するものだ。アルコールはエタノール、ブタノール、メタノール等が使用される。脱水を行い、低重合化(オリゴメリゼーション)を行うことでSAFを製造する。ASTM D7566では、Annex5で登録されていて、混合上限が50%である。米国のジェボ社やランザテック社が製造を行っている。

SAF製造技術 ③FT

 木質・草木セルロースや都市ごみをガス化し合成ガスを生成することで、フィッシャー・トロプッシュ法(FT)により合成パラフィンを製造する技術だ。ASTM D7566では、Annex1に登録されていて、混合上限が50%である。米国のフルクラム社がこの技術で2022年に操業を開始したが、2024年6月に技術上のトラブルからプラントが閉鎖されたとの報道がある。

SAF製造技術 ④PtL

 将来的に、DACなどで回収したCO2と再生可能エネルギーによる水電解などでの水素から合成ガスを生成しFT合成を行う、またはメタノールを精製しAtJでSAFを製造する技術を指す。Power to Liquid(PtL)技術である。ASTM D7566へは登録が申請されている状況だ。

原料    ①非可食植物原料

 HEFA、およびAtJでSAF製造する原料として、現在は第1世代の廃食用油(植物油)やサトウキビやコーンなど穀物からのアルコールを使用しているが、食用に適さない植物を原料とした動きがある。下記表は油脂生産に使用される植物の一部である。1990年代より燃料として研究が進んでいるジャトロファや毒性のある物質を微量含有するため食用に適さないポンガミアが注目を集めている。いずれも熱帯、亜熱帯気候地帯で栽培される。

原料    ②木質・草本セルロース

 サトウキビやコーンの場合は、酵素によってデンプンを糖化し、酵母による発酵でバイオエタノールをつくる。植物の茎や葉の成分であるセルロースやヘミセルロースを酵素や薬品を使用して糖化することでエタノールを得ることができる。あるいは、これらの原料をガス化して合成ガスを得ることでFT合成への利用が検討されている。

原料    ③都市ごみ

 家庭や事業所から排出される紙類、木質類、プラスチック、ガラス、金属などの都市ごみ(Municipal solid waste:MSW)をガス化してSAF原料として使用する。

原料    ④微細藻類

 クロレラやイカダモ、ユーグレナなどの微細藻類が製造する植物性油脂を原料とする。

動向

 2024年を中心とした日本企業各社のSAFに関係した動向を紹介する。

SAF生産能力予測

 オランダに本拠があるSAFの供給会社Sky NGRが公表した「SAF市場概要 2024年版」によると、2030年の世界のSAF生産能力予測は約17.5Mtとしている。その内84%がHEFAによるSAF生産となる見込みだ。原料の確保や技術的課題により、第2世代以降の原料やAtJ及びFTによる技術はあまり進展しない。

 2030年以降は、逆に廃食用油の供給が限られるためHEFAによるSAF製造は頭打ちとなり、第2世代以降のバイオマスを原料としたAtJやFT技術によるSAF製造がHEFA生産能力を凌駕し、2040年には54%を占めると予測している。さらに2050年に向けては、所謂PtLによるCO2と水素からFT技術を適用して製造されるeSAFの生産能力が増えてくると予測している。

企業動向 ①非可食植物

 SAF原料として第2世代の非可食植物を活用する動きが見られた。

 日本グリーン電源開発は、2024年9月東京農工大学、ハイケムと共同で規格外ココナッツオイルから100%バイオマス由来のニートSAFの製造に成功したと発表。2024年11月には日本航空が日本グリーン電源開発と覚書を締結し、規格外ココナッツを活用してSAF製造事業の商業化を目指すと発表を行った。

 2025年1月、出光興産は豪州でSAF原料となる非可食植物ポンガミアの試験植林を開始したと発表した。同じく1月末にはJ-オイルミルズが非可食植物であるテリハボクとポンガミアの種子から搾油・精製した油脂を用いた100%バイオマス由来のニートSAFの生成に成功したと発表した

企業動向 ②都市ごみ、藻類

 2024年10月、INPEXは都市ごみや木質チップを原料にSAFを高効率で生産する技術を開発すると報じられた。2030年代の実用化を目指す。

 ユーグレナは、2024年7月マレーシアでのSAF、RD(リニューアブルディーゼル)製造プラント建設の最終投資を決定したと発表した。マレーシアの国営エネルギー会社ペトロナス、イタリアの半国営エネルギー会社エニ社の子会社であるエニリブと共同で実施する。

企業動向 ③木質

 木質関係では製紙会社各社が、バイオエタノール生産を目指す動向が2023年からみられる。エタノールの活用先にはSAFが含まれている。

 2023年2月、日本製紙は住友商事、Green Earth Instituteと共同で、木質セルロース系バイオエタノール商用生産に向けた共同検討を開始すると発表した。これに続き5月には王子HDが、王子製紙米子工場に木質由来エタノール・糖液パイロット設備設置の発表を行った。

 2024年2月レンゴーは連結子会社である大興製紙がBiomaterial in Tokyoと提携し、第2世代バイオエタノールの生産実証実験を開始すると発表した。4月にはレンゴーはBiomaterial in Tokyoを子会社化している。

 2024年5月大王製紙は、バイオリファイナリー事業化に向けた生産実証事業を開始したと発表した。木質バイオマスを活用してエタノール、アミノ酸、樹脂原料などを生産する。

 2024年8月には愛媛県に本社がある丸住製紙の大江工場が、SAF認証スキームにも続くISCC CORSAの認証を取得したと発表した。パルプ工場としては世界初となる。

企業動向 ④技術

 技術開発では、JX石油開発(現 ENEOS Xplora)が2024年4月に、米国ルイジアナ州で開発中のSAF/BECCS事業に参画すると発表した。事業では、木質バイオマス廃棄物をガス化・合成し、SAFおよび再生可能ナフサ(RN)の製造を行う。2029年には年産約12万kLの製造設備の商業稼働を開始する予定だ。

 2025年1月、IHIはIHIのシンガポール法人IHIAPが、シンガポール科学技術研究庁傘下の研究機関ISCE2と共同で、水素とCO2からSAF原料となる液体炭化水素を1日あたり5kg製造できる小型試験装置の設置が完了したと発表した。今後、2020年代後半のASTM認証の取得、2030年頃の商用化を目指すとしている。

所感

 SAFに関する現状をまとめた。2030年に向けては廃食用油などの水素化によるHEFA技術を用いたニートSAFの生産が立ち上がっていく。その後、非可食植物や木質バイオマスを活用したAtJ、ガス化FTプロセスが立ち上がってくる。

 AtJにしてもFTにしても技術的な進化が必要である。また、原料の確保についても同時に進めていかなければならない。欧米では採算性などの課題もあり、計画されたSAF事業の一時凍結や撤退の動きもある。日本は政府が主導して各技術開発および原料確保に尽力をしているが、不確実な世界情勢を反映して各社のSAF事業がどのように進んでいくのか注目したい。

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