目次
JIS「革(レザー)」用語定義改定
背景
ISO改定
皮革統計
ヴィーガントレンド
日本の皮革産業
統計データ
製造工程
JIS用語改定後動向
PR、ニュース
合成皮革メーカー
Google Trend
意見、見解
最後に
JIS「革(レザー)」用語定義改定
日本規格協会は2024年3月21日、「JIS K6541:2024 革(レザー)-用語」規格についての改定を発行した。「革、レザー」の用語は、「皮本来の繊維構造をほぼ保ち,腐敗しないようになめした動物の皮」と定義し、“皮革”は“皮”及び“革(レザー)”を総称する用語であり、この規格に規定されたものを除き,人工的な材料の名称として使用してはならないとした。
規格の原案を策定した日本皮革産業連合会は、消費者が本来の革以外の製品を誤認して購入するとして、次のような啓発を行っている。
1. アップル・キノコ・サボテンなどから作られた素材を「○○革」「○○レザー」とは呼べない。商品名などに使用することもできない。
2 「シンセティックレザー」「フェイクレザー」「PUレザー」「ビニールレザー」などと呼ぶことや、JISで規定した以外の商品の名称に「レザー」「革」「スエード(スウエード)」「ベロア」「ヌバック」を用いることもできない。
3 革を細かく粉砕し、シート状に加工した素材を「ボンデッドレザー」「リサイクルレザー」「再生革」などと表記することも誤りとなり、「皮革繊維再生複合材」と呼ぶ必要があるが、「ボンデッドレザーファイバ」「レザーファイバボード」とも呼ぶことができる。
4 不織布や特殊不織布、合成樹脂などを使って革の見た目に似せたものは「合成皮革」「人工皮革」と表記する。
JIS K6541:2024 革(レザー)-用語には、上記「3.1.1 革、レザー」以外「3.1.2 スプリットレザー、床革」「3.1.11 エコレザー」の定義があるが、この記事では省略する。
背景
ISO改定
今回のJIS改定の背景は、ISOの皮革用語定義の改定(ISO15115:2019 Leather-Vocabliary)を受けたものとなっている。ISOでの“leather”の定義は次の通り。
leather <material> hide or skin with its original fibrous structure more or less intact, tanned to be imputrescible,(以下略) 「レザー-元の繊維構造がほほそのままの状態で、なめし加工により腐食しないようにした皮」。
注記には、「材料は動物由来のものであること」とある。
令和3年3月に公表された矢野経済研究所による「令和2年度皮革産業振興対策調査等(皮革用語のJIS化対応等調査)」によると、皮革用語を標準化している規格は、ISOのほか、EN(欧州統一規格)やASTM(米国試験材料協会規格)があるが、すべて法的拘束力がないものである。唯一、皮革産業が伝統産業であるイタリアは、2020年の法指令で“皮革”用語の規定をしていて法的拘束力があるものとしている。
特に、欧州での“皮革”用語の定義の厳格化の背景には、「皮革」という用語が、「ヴィーガンレザー」や「人工皮革」「合成皮革」などの乱用によって、消費者に誤解や混乱を与えているという、皮革業界の主張がある。ISO規格の基となった欧州統一規格の原案作成団体は欧州皮革産業連合会で、伝統ある皮革産業を保護する立場である。
上記皮革用語のJIS化対応等調査資料には、「規格(標準)化の背景には特に日本製の人工皮革が念頭に置かれており、“本革風類似素材”と本革を明確に区別できるような規定内容」となっていると指摘している。
皮革統計
国際連合食糧農業規格(FAO)が2015年に発表した皮革及び皮革履物の統計資料では、国別の皮革生産割合のトップは中国であり、以下ブラジル、ロシア、インドと続き、欧州のイタリア5位、世界生産の6%を占めるのみとなっている。更に、欧州での皮革産業展示会では、近年は本革の展示が減少し合成皮革、人工皮革などの展示が増えたという観測もある。
ちなみに、この統計での日本の順位は29位で、全生産割合の0.5%を占めるしかない。後述する日本の皮革製造業データから推計すると日本の皮革産業のプレゼンスはさらに減少しているとみられる。
ヴィーガントレンド
皮革業界が「皮革(レザー)」用語を標準規格化する背景には、合成皮革、人工皮革の対等のほか、ヴィーガントレンドがある。
「ヴィーガン」は、1940年代に動物由来の成分を食さない完全菜食主義を表現したものだ。1980年に米国で動物の権利擁護団体PETA(People foe the Ethical Treatment of Animals)が設立されて以降、食べ物以外衣類など用途でもいかなる動物の虐待は認められないという主張が広がり、ファッション業界でも毛皮や本革の使用を止め代替材料を訴求する動きが広まった。
「ヴィーガンレザー」という言葉は、代替材料を訴求するファッション業界にとっては便利な言葉であり、従来の本革(レザー)の代替材料として動物由来以外の材料で、更に地球環境にやさしい材料であればなおさら消費者にアピールできるのもとなった。筆者が分類するところでは、ヴィーガンレザーと表現されるものでもキノコレザーなどの植物系天然素材を使用したもの、アップルレザーなどのバイオマス粉末を利用した合成皮革、バイオ由来樹脂を使用した合成皮革、東レのキマイラスキンなど高機能人工皮革などがあり、その言葉の範疇は概念的で広いものとなっている。
このように、合成皮革・人工皮革の台頭、中国やブラジルなど皮革生産の増加、ヴィーガントレンドの広がりなどにより、欧州の皮革業界が影響を受けていることが「皮革(レザー)」用語を動物由来のなめし革に限定する要因となった。
日本の皮革産業
統計データ
日本の皮革産業(なめし革製造業)の状況について、経済産業省経済構造実態調査データを基に合成皮革製造業と比較して見てみよう。
なめし革製造業は、1980年から事業所数は約10分の1(11%)、従業員数は約4分の1(23%)に縮小。製品出荷額はピーク時1990年の14%、付加価値額は1991年の16%に減少した。合成皮革製造業が、事業所数89%、従業員45%、製品出荷額65%、付加価値額55%と減少はしているものの、なめし革製造業程ではない。
1980年の1事業者あたりの従業員数(従業員数/事業者数)は、なめし革製造業が12人、合成皮革製造業が184人。2024年はそれぞれ14人、94人である。合成皮革製造業者が工業生産の合理化と海外展開により国内生産を縮小させていることを考慮すると、規模が小さいなめし革製造業者海外展開もあまり望むことはできないようだ。
製造工程
日本タンナーズ協会によるとなめし革の製造工程は上記図のようになる。工程数が多く、動物の皮という天然素材を使用するため、一枚一枚の品質状態や季節ごとの薬剤調整などに技能が求められる職人製造業となっているようだ。繊維や樹脂を主材料として機械を使用して製造される合成皮革や天然皮革との違いが際立つ。
JIS用語改定後動向
JIS K6541:2024 革(レザー)-用語が改訂された2024年4月以降の動向をいくつかのデータからみていこう。
PR、ニュース
上記表は2024年に発表された主に「ヴィーガンレザー」に関連する企業PR、ニュースの一覧だ。2024年4月頃まではパイナップルレザーやアップルレザー、ココナッツレザーなどの表現を使用したPR記事がインターネット上に掲載されているが、日本皮革産業連合会が「皮革」用語限定のPRを行ったことからその後「ヴィーガンレザー」の表現を使用した記事が減少したようだ。一定の効果はあったようだが、一部の企画企業は「レザー」表現を使用している。
この表での注目は、8月1日にSOÉJUブランドを展開するモデラート(株)が「ヴィーガンレザー」の表現を「ヴィーガンレザレット」に変更している点だ。説明文を引用すると「「レザレット」とは、人工[模造]革/皮革という意味です。これは、日本産業規格(JIS)が2024年3月に規定した、「革」「レザー」用語への適合を目指したもので、採用している素材に変更はありません。」としている。「レザレット」という表現は過去にも使用されていてモデラートが創作したものではないが、一般的に認識されているとは言えない。
合成皮革メーカー
合成皮革、人工皮革は1940年代に塩化ビニル樹脂が実用化されたことから塩ビレザーとして使用されてから、繊維や樹脂の変遷を経て高度化、高機能化が進んできた歴史がある。合成皮革メーカーの「レザー」表記使用状況を各社のホームページから確認する。
●HP上に「レザー」表記があるもの
- アキレス 合成皮革・塩化ビニールレザー
- 共和レザー ヴィーガンレザーや、新たな機能性を持たせた付加価値のあるエシカルレザー
- 共和ライフテクノ 環境に配慮したNEW ヴィーガンレザーが「バイオヴィーガンレザー」です
- 第一化成 湿式ポリウレタンレザー
2024年12月時点でも、合成皮革メーカーは「レザー」という表現を使用しているようだ。
Google Trend
2024年12月中旬時点でGoogle Trendにて、全世界を対象として「Vegan leather」および日本を対象として「ヴィーガンレザー」を検索した。レザー特有の季節変動はあるもののISOが改訂された2019年以降の世界トレンドおび2024年後半の日本トレンド共にこれらの言葉の検索は増加傾向にあるように見える。
意見、見解
皮革用語のJIS改定に伴い「皮革(レザー)」は、「動物のなめし革」にしか使用できないようになった。用語の定義改定についてどれだけの人が知っているのだろうか。
筆者は街の個人履物販売店事業者と靴量販店スタッフに用語定義改定について知っているか尋ねてみたが、どちらも知らないとの回答であった。
一般消費者はどれだけ知っているのだろうか?
用語の意味を解説している辞書を紐解くと、2019年編纂の大辞林 第四版では、レザーは「1 なめし革 2 レザー・クロスの略」とあり、レザー・クロスは「布の表面に合成樹脂などを塗って型押しし、革の風合いを出したもの」とある。
日本語として使用されている「レザー」は合成皮革や人工皮革を含む概念であり、一般用法であると認識される。レザー用語定義を本革に限定するとすれば、合成皮革、人工皮革などを含む総称をどのように表記すべきなのだろうか?
JISは日本工業規格であるから、日本で製造される工業製品に対して規定されるものである。下記のサプライチェーンからは、皮革産業に係るタンナー、革卸業者、履物、革衣類などの製造業者、卸業者、小売業者を対象に標準化したものとなろう。合成皮革からのサプライチェーンにこのJIS用語定義を当てはめることは適切なのだろうか。
JISには日本ビニル工業会が事務局を務めて作成した「K6772:1994 ビニルレザークロス Ployvinylchloride coated fabric」がある。JIS K6541:2024 革(レザー)-用語では「レザー」は「なめした動物の皮」と定義しておきながら、同じJIS規格で「ビニルレザークロス」があるのだ。これは、規格原案作成元の団体が違うことが一因になっている。
JISはISOと同じように法的拘束力がない規格であり、JIS規格内での用語の定義も一律ではないことを踏まえると、適応先についての拘束力も疑問が残る。
また、改定JISの注記に「不織布や特殊不織布、合成樹脂などを使って革の見た目に似せたものは「合成皮革」「人工皮革」と表記する」とある。「皮革」は「なめした動物の皮」と定義しておきながら、合成皮革、人工皮革をそのまま残している。
ISOの場合、”leather”の定義を「動物の皮を使用したもの」と厳格に定義し、leatherの前後を修飾する言葉も制限している。これに対し、「合成皮革」「人工皮革」という表記には「皮革」という言葉が使用されることとなり、JIS定義はISOに対してあいまいではないだろうか。
このような意見・見解は、前述の矢野経済研究所による「令和2年度皮革産業振興対策調査等(皮革用語のJIS化対応等調査)」の中で、各関係団体へのインタビューにもある。
- シューズの場合、本革か合成皮革、人工皮革の表記をしている。ただ、近年は軽量や撥水性など機能性で消費者に訴求する傾向が強くなっていることから、店頭では本革か合成ということではなく、機能性で訴求している。消費者もよほどの革好き以外は、機能性やデザインで選んでいるように感じる。(皮革製品メーカー)
- 人工皮革、合成皮革という名称は、すでにひとつの名詞として長い歴史のなかで定着し、世間一般に根付いている単語であり、今更、これらの呼び名を変更することは現実的ではない。(合成皮革・人工皮革業界)
- もしも用語の規格(標準)化に取り組むのであれば、天然皮革・合成皮革・人工皮革の定義をきちんと明確にするいい機会になるかもしれない。(合成皮革・人工皮革業界)
最後に
2024年11月25日、経済産業省は「国内皮革産業の維持・発展に向けた検討委員会」の第1回会合を開催した。国内皮革産業の維持・発展に向けた課題調査と対応策を検討し、あるべき姿と行動目標実現に向けたロードマップを2025年3月初旬までに策定するというものだ。
筆者は皮革業界に関係するものではないが、この記事に提示したデータから日本の皮革産業の課題は浮かび上がってくる。確かに課題に対する業界としての対応も必要だろうが、JIS用語の改定が課題解決にどれほど有用なことなのだろうか。JIS用語定義のあいまいさや、関係団体との調整不足、小売業者や一般消費者への浸透状況を見たときに疑問を感じるところだ。
参考
・令和2 年度皮革産業振興対策調査等 (皮革用語のJIS 化対応等調査)
・FAO, World statistical compendium for raw hides and skins, leather and leather footwear 1999-2015
注.掲載情報について正確な情報を提供するように努めていますが、正確性や妥当性、安全性を保証するものではありません。また、ブログには個人的な見解や所感が含まれており、確実性や公平性を保証するものではありません。