eメタノール -船舶燃料としての需要が高まる中での政府の対応は?
eメタノール -船舶燃料としての需要が高まる中での政府の対応は?

eメタノール -船舶燃料としての需要が高まる中での政府の対応は?

eメタノール

 2023年以降、日本企業のグリーンメタノールやバイオメタノール、環境対応型メタノールなどの動きが活発になっている。2024年2月26日、経済産業省は合成燃料(e-fuel)の導入に向けた官民協議会ワーキング・グループの中で、「eメタノールの導入促進に関する方向性の整理」という資料を提示している。ここでは、eメタノールに関する動向を整理する。

目次
船舶代替燃料として
 規制、動向
 海外eメタノール動向
 国内企業動向
  三菱ガス化学
  出光興産、ENEOS
  東洋エンジニアリング
  商社
 経済産業省
メタノールとアンモニア
 特性
 製造プロセス
 歴史 日本での生産
 アンモニアの推進
まとめ

船舶代替燃料として

 ノルウェー・オスロに本拠を置く国際第三者認証機関で船級業務を手掛けているDNVのAlternative Fuel Insightによると、2024年7月末確認時点で、代替燃料船は2029年までに1,676隻に増加する。その内メタノールを燃料とする船籍数は318で、代替燃料船のうち19%を占める。

 LNGとLPGを合わせた船籍数は1,293で、全体の77%と大勢を占める。水素燃料船は39隻で2.3%、アンモニア燃料船が26隻で1.6%である。これは、国際海事機関(Intrenational Maritime Organization:IMO)安全委員会が、2020年11月にメタノールを船舶燃料としての利用を暫定ガイドラインとして認定したのに対し、アンモニアは2023年9月に暫定ガイドライン案が策定されたという時程のずれがある。基本的に、水素やアンモニア燃料船建造のためには技術的な課題もあることが、メタノール燃料船建造の割合が増えている原因となっている。

規制、動向

 IMOは、2023年7月、GHG排出削減に関する戦略を改定した「2023 IMO GHG削減戦略」を採択した。2008年のGHG排出量に対して、2030年で20%から30%の削減、2040年で70%から80%、2050年にはネットゼロにするというものだ。現在、ゼロ・低エミッション燃料の使用を促進する新たな規制(中間対策)について検討中で、2025年には内容を確定、2027年に導入が予定されている。

 欧州連合(European Union:EU)は、2021年にFit for 55(温出効果ガスの排出量を、2030年までに1990年比で少なくとも55%削減し、2050年までに炭素中立を目指す)パッケージを提案している。Fit for 55からは海運EU ETSとFuelEU Maritimeという2つの規制が導入されることになった。

 EU ETS及びFuelEU Maritimeは、欧州に関連した航海でのGHG排出のみを対象としているのに対し、IMOの規制は、全航海が規制対象となる。一般財団法人日本海事協会(Class NK)は、規制導入によるGHG排出コストをシミュレーションしていて、下記グラフのように負担がとても大きくなることがわかる。

海外eメタノール動向

 国際的なメタノール貿易協会であるMethanol Instituteによると、低炭素メタノール、バイオメタノール、eメタノールの生産能力は2023年の70万トンから、2029年には2,672万トン(2024年7月末確認時点)にまで急増する。

 地域的には、中国、欧州、米州での大型eメタノール、バイオメタノールの生産が計画されていて、特に中国で多くの計画が進行中である。また、HIF Globalは、米国テキサス州マタゴータで年間生産能力140万トンのeメタノール生産設備を建設中で、現時点では世界最大規模のeメタノールプロジェクトである。

国内企業動向

 上記のような国際的な動向に対して、国内企業も下記表に示すように環境に配慮したメタノールの事業構想、生産計画、協業などを発表している。特に、2023年以降の動向が活発になっていることが分かる。

三菱ガス化学

 2021年3月30日、三菱ガス化学は、CO2と水素を原料としたメタノール製造の実証実験を新潟エリアで始めるとともに、排出されるCO2や廃プラをメタノールに変換し、化学品や燃料用途としてリサイクルする「環境循環型メタノール構想」を発表した。2022年7月には「環境循環型メタノール構想」による商品、サービスを「Carbopath」と命名し、以降豪州やUAEでの事業検討やガラス製造時に発生するCO2を原料としたメタノールの製造販売検討などの発表を行っている。

 三菱ガス化学は、1951年に日本で初めて日本瓦斯化学としてメタノールを生産した会社で、現在サウジアラビア、ベネズエラ、トリニダード・トバコ、ブルネイにメタノール生産拠点があり、年間合計750万トンの生産能力を有する世界有数のメタノール生産企業だ。2024年5月に発表した中期経営計画「Grow UP 2026」でも、環境循環型メタノール構想について、営業利益創出力が高い差異化事業に移行し、2030年に向けて売り上げが拡大することが謳われている。

出光興産、ENEOS

 石油元売り大手出光興産およびENEOSは、共に合成燃料(e-Fuel)製造大手HIF Globalと協業を打ち出している。

 出光興産は、2023年4月にHIF Global社と合成燃料分野での戦略的パートナーシップに関するMoUを締結後、2023年12月にはHIF Global社の子会社であるHIF UAS社からeメタノールの調達および合成メタノールの事業開発の協働検討を発表した。2024年3月には商船三井を含めた3社で海上輸送を含めた合成メタノールのサプライチェーンを共同開発、そして2024年5月にはHIF Global社に1億1,400万USドルを出資し、HIF社との関係を深化させてきた。また、2024年5月には、出光興産が北海道でe-メタノールの生産を検討しているという報道がされている。

 ENEOSは2023年10月4日、HIF Global社と合成燃料の協業に関する覚書を締結した。HIF Global社が所有する南米、米国、豪州の製造拠点から、ENEOSに合成燃料を供給するというものだが、出光興産が、HIF Global社との協業を深化させているのに比べ、ENEOSとHIF社との関係については2023年10月の覚書締結以外の発表はない。

 HIF Global社は南米チリでので、合成メタノールと合成ガソリンを製造するHaru Oniプロジェクトを推進している。メタノールからは様々な化成品、化学製品が生産できるが、合成ガソリンやSAFへの転換もできるところが、石油大手元売りにとっては重要な点であろう。

東洋エンジニアリング

 東洋エンジニアリングは、メタノール合成リアクターのライセンサーである。このリアクターを活用した、CO2を原料とする環境循環型メタノール製造プロセスを「g-Methanol」として提供してしている。

 2023年10月23日、東洋エンジニアリングとコスモエネルギーホールディングスは、触媒を利用したCO2からのメタノール直接合成に向けた共同検討で基本合意を締結した。出光興産やENEOSがHIF社との協業を選択する中、コスモは東洋エンジニアリングの技術を選択した形だ。

 また、2024年7月19日には東洋エンジニアリングはインドのNTPC社とインドでのe-メタノール製造および事業性の共同FSを発表している。

商社

 商社では、伊藤忠商事、三井物産などがメタノールに関して動きがある。

 伊藤忠商事は2022年5月、カナダでのブルーアンモニア・メタノールの事業化プロジェクトについてFEEDを開始したと発表した。2024年3月には、台湾のコングロマリットFar Eastern Gr傘下の船主U-Ming Marine Transport社のシンガポール子会社とアンモニア燃料船の共同開発などに関する覚書を締結している。ここで、伊藤忠商事はアンモニア燃料船に限定せず、メタノール等のゼロエミッション船開発など、国際海運産業での脱炭素化の可能性を議論、実装していくとしている。

 三井物産は、2022年10月にシンガポール港でのメタノール燃料供給事業のFSを開始したと発表した。2023年7月にはデンマークの再生可能エネルギー会社European Energy社傘下でeメタノール事業を保有するKasso MidCO社の株式を49%取得すると発表した。Kasso社はデンマークの海運大手A.P.モラー・マークス社などへのeメタノール販売契約を締結している。さらに、2024年1月三井物産は、米国の化学品大手セラニーズ社との合弁会社フェアウェイメタノール社のテキサス州の工場で、産業由来のCO2を原料としたメタノールの製造を開始したと発表した。

 三井物産は、次世代燃料バリューチェーン構想を推進しているが、eメタノールについて次のようにコメントしている。「再生可能エネルギー由来のグリーン水素やクリーンアンモニアが使用しづらい用途もあり得る中で、e-メタノールが一つの「現実解」になると考えています。」

経済産業省

 上記のような海外での合成・バイオメタノール生産計画の増加や、海運関係での規制、およびそれに伴う代替燃料としてのメタノール燃料船の増加。国内企業の合成・バイオメタノールに関する動向を反映して、日本政府経済産業省もeメタノールの導入に関して検討を始めた。

 eメタノールについて議題に上がったのは、2023年12月15日に開催された合成燃料(e-Fuel)の導入促進に向けた官民協議会の商用化推進WGの第3回会議であった。2024年2月26日の第4回商用化推進WGでは「eメタノールの導入促進に関する方向性の整理」として、常温・常圧で液体として取り扱いができ、大幅なGHG排出源削減が可能で、船舶燃料以外にも改質によってSAFやeガソリン、化学原料等が製造可能な高い汎用性をメリットとして挙げている。一方課題として生産コスト、および合成燃料共通課題として生産国と消費国でのCO2二重計上がないようにすることを指摘している。

 2月26日以降の商用化推進WGは6月17日に開催された。その際提出された「次世代燃料の導入に関する目標や必要な取組に関する検討について」という資料の中で、eメタノールはメタノール合成とFT合成による合成燃料のひとつとしての取り扱いにとどまっている。今後の検討スケジュールとしては、1年後の2025年6月を目途として、次世代燃料導入に関する施策イメージを策定し、目標とともに公表するとしている。

メタノールとアンモニア

 ここでは代替燃料候補として名前があがるメタノールとアンモニアについて比較する。

特性

 メタノールは、常温常圧下で液体であるのに対し、アンモニアは気体であり貯蔵・運搬を考えた場合、冷却あるいは加圧する必要がある。エネルギー密度はメタノールの方が高く、人体への安全性面ではアンモニアの毒性に対して、メタノールはディーゼル油相当の危険源となる。

 燃焼着火性はメタノール、アンモニアともに良好ではないが、燃焼後はメタノールは安定しているのに対し、アンモニアは不安定である。燃焼時の地球温暖化ガスの排出では、メタノールはCO2を排出するが、グリーンメタノールの場合はカーボンニュートラルとなる。一方、アンモニアは燃焼時にCO2は排出しないが、NOxやN2Oといった温暖化促進ガスの排出に対しての処理が必要となる。

製造プロセス

 従来化石燃料からのいわゆるグレイメタノールの製造プロセスは、例えば天然ガスを改質して合成ガス(CO、H2)を生成し、銅系触媒のリアクターで反応させることで得ることができる。グレイアンモニアの場合は、合成ガスから水素を取り出し、別に窒素を用意して鉄系触媒を充填したリアクターで反応させることで得ることができる。

 

 グリーンメタノール、アンモニアの場合は、再生可能エネルギーを使用して水の電気分解で水素を生成し、メタノールの場合はCO2と、アンモニアの場合は窒素と反応させてそれぞれ得ることができる。原料としてCO2と窒素が違うだけで、とてもよく似た工程だ。

歴史 日本での生産

 メタノールとアンモニアの化学工業としての歴史も似ていて、アンモニアは1910年代に、メタノールは1920年代にドイツのBASFが商業生産を開始したのが始まりだ。日本では1923年に日本窒素肥料(現、旭化成)がアンモニアの生産を開始、メタノールは遅れて1951年に日本瓦斯化学(現、三菱ガス化学)がメタノールの生産を開始している。

 その後、メタノールは日本での生産に競争力がないとのことで、1974年に三菱ガス、1983年に西日本メタノール、1984年に東日本メタノールが生産を停止、1990年代半ばまでに日本でのメタノール生産は終了し、現在は全量を輸入している。

 一方、アンモニアは、1970年代に300万トン/年の生産ピークを迎え、その後は縮小の一途をたどっているが、2023年時点で73万トンの国内生産を行っている。

アンモニアの推進

 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)は、2014年戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の第1期にはエネルギーキャリアを課題として取り上げ、「アンモニア合成システム開発」や「アンモニア直接燃焼」などがテーマとして選択されている。これらの研究成果を基に、関係団体の後押しのもと2017年に日本政府は国家戦略として世界に先駆けて「水素基本戦略」を策定した。アンモニアは水素キャリアおよび代替燃料として推進されることになった。

 一方、メタノールに関しては欧州での代替燃料のひとつとして推進する動向についての観測はあったが、日本国内ではあまり取り上げられることはなかったようだ。

まとめ

 2023年以降eメタノールやバイオメタノールなどクリーンメタノールに関する動向が増えている。これは、主に海運業界での代替燃料の必要性から起因している面もあるが、日本は同じく代替燃料のひとつであるアンモニアと比べると取り組みが遅れているように見える。

 政府は、産業界の動向を鑑みてeメタノールの導入の可能性について検討を始めたが、2024年6月時点では合成燃料(e-Fuel)のひとつとしての取り扱いで、際立った推進の動きはない様子だ。

 戦略として、技術ハードルが高いアンモニアを水素キャリアとして、また代替燃料として選択することは意義があるかもしれないが、最終的にはメタノールについても、日本は整備、推進していかなければならない。

 eメタノールに関しては、三菱ガス化学の環境対応型メタノールや、東洋エンジニアリングのg-Methanolといった独自の技術を保有している日本企業があるが、日本でメタノールを生産していないことや強力な後援団体が見受けられないことが、政府の検討があまり前向きでない一因かもしれない。 今後どのようにeメタノールが位置付けられ、推進されていくのか見守っていきたい。

参考

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