経済産業省は2024年12月20日、第7次エネルギー基本計画の原案を公開した。2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画では、LPガスの脱炭素化については「バイオLPガスや合成LPガス(プロパネーション、ブタネーション)等の研究開発や社会実装に取り組む産業界の取組を後押しする」という表現にとどまっていたが、第7次エネルギー基本計画原案ではグリーンLPガスという小項目が追加され「グリーンLPガスの大量生産に向けて、革新的触媒等の技術開発や生産プロセス実証を進め、2030年代の社会実装を目指す」と目標設定をしている。この記事ではグリーンLPガスについて現状をまとめ、想定される課題を取り上げる。
LPガスと都市ガス
家庭用熱源として一般的なLPガスの正式名称は、液化石油ガス(Liquified Petroleum Gas)であり、頭文字をとってLPガスと呼ばれる。導管が埋設されている都市部では都市ガスが使用できるが、都市ガスは日本の国土面積の約5%をカバーするにとどまり、残りの95%はLPガスがカバーしている。また、分散型エネルギー源であるLPガスは災害時にエネルギーが分断された地域への緊急対応用として使用されている。
用途
2022年の日本のLPガス需要は1,272万トンであり、47%が家庭・業務用として使用されている。以下、工場での金属加工溶解や加熱、熱処理の熱源として工業用に21%、化学原料用は16%であり、LPガスの成分プロパンはプロピレンの原料として、またブタンがエチレンの原料として使用されている。
組成と特性
下記表に代表的な家庭用LPガス規格であるい号液化石油ガスと都市ガス13Aの組成表を載せる。
い号液化石油ガスは80%以上がブロバン(あるいはプロピレン)となっている。LPガスが巷で「プロパンガス」と呼ばれるゆえんだ。プロパン以外にブタンもLPガス成分として工業用などに使用されている。
一方、都市ガス13Aはメタンが約90%を占めるが、そのほかLPガス成分であるプロパンやブタンが含まれていることが分かる。メタンは発熱量が低いため熱量を調整するために混合されているもので、上記グラフからLPガス需要の12%を占めている。
グリーンLPガス
グリーンLPガスの定義について野村総研が取りまとめた調査報告資料の定義を引用すると、
・グリーンLPG/バイオLPG 「カーボンニュートラル(CN)な炭素源から処理・合成されたブロバン/ブタン」
・グリーンLPG 「DACによるCO2や植物などが固定化した炭素を利用しCN水素、エネルギーを用いて合成したプロパン/ブタン」
・バイオLPG 「グリーンLPGのうち、廃棄物やバイオマスなどのCN炭素源を活用したもの」となる。
ロードマップ
2024年3月に開催された第6回グリーンLPガス推進官民検討会では、日本LPガス協会からLPガスのカーボンニュートラル(CN)に向けた今後のロードマップの提示があった。2050年時点でのLPガスの全量CN化を視野に、2035年時点で高効率給湯器などの普及、および重油などからの燃料転換による省エネによるCO2減少に加え、グリーンLPガスの輸入および国内生産、またカーボンクレジットの利用を合わせて約200万トン、省エネ対応前に対して16%減のCN化を目指すというものだ。
技術
グリーンLPガスについては各種技術開発が行われている。
2022年10月LPG輸入元売り5社アストモスエネルギー、ENEOSグローブ、ジクシス、ジャパンガスエナジー、岩谷産業は、一般社団法人「日本グリーンLPガス推進協議会」を設立した。協議会では、北九州市立大学が研究を進めるCO2と水素を直接反応させLPガスを製造する技術、およびLPガスと類似した特性を持つDMEを製造する技術の確立および実証を目指すとしている。
2023年3月に開催された第3回グリーンLPガス推進官民検討会では、日本LPガス協会から進展中のグリーンLPガス技術開発の概要が提示されている。上記の北九州市立大学によるCO2→CO、CO2+CO+H2→DME、DME→プロパン、ブタン変換技術、および産総研によるDME→オレフィン→LPガスを一つの反応塔で合成するCO2リサイクル事業のほか、ENEOSグローブによるFT合成を活用したCO2→LPガス合成、古川電工による家畜ふん尿などからのLPガス合成、クボタによる麦わらのメタン発酵によるLPガスを含むバイオ燃料製造、高知県による木質バイオマスからのLPガス合成のバイオLPG技術開発が紹介されている。
NEDO目標
上記の技術開発にはそれぞれ政府機関の支援が行われているが、一番大きなものはNEDO グリーンイノベーション(GI)基金事業として採択されている古川電工によるバイオLPG製造技術だ。
経済産業省は2024年12月9日、NEDO GI基金事業「CO2等を用いた燃料製造技術開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画の改定案を提示した。下記表にグリーンLPGと合成メタンについての目標値などをまとめる。
項目 | グリーンLPG | 合成メタン |
---|---|---|
目標 | 2030年までに、化石燃料によらないLP ガスを年産1,000 トン以上生産し、商用化を実現。 なお、商用ベースに乗せるための技術課題として、現状の生成率30%を改善し、生成率50%となる合成技術を確立する。 | 2030年度までに、①再生可能エネルギー等の電力から製造した水素と、②その水素と回収したCO₂からメタン合成(メタネーション)することによる合成メタン製造に係る一連のプロセスの総合的エネルギー変換効率が60%を上回る合成メタン製造が見通せる革新的技術によるメタネーションを実現。 |
アウトカム | 3,000トン/年(2030年) | 約90万トン/年(2030年) |
経済波及効果 | 約4億円/年(2030年) | 約200億円/年(2030年) |
予算額 | 上限52.4 億円 | 上限297.7億円 |
グリーンLPGに関するGI基金事業は古川電工のバイオLPGのみに対し、都市ガスの主成分をCO2から合成する合成メタン(メタネーション)については、大阪ガスによるSOECメタネーション技術開発と、東京ガスによるハイブリッドサバティエ技術開発事業がある。
表から分かるように、グリーンLPGはそのアウトカム、経済波及効果、予算額共に合成メタン(メタネーション)に劣る。
動向
下記表は、eメタンについて2022年以降の主な各社発表およびメディア報道による関係各社の動向を示したものである。グリーンLPガスについては上記の技術開発事業以外に大きな動きはないのに対し、eメタンについては東京ガス、大阪ガスを始め、重化学工業・エンジニアリング会社が国内や海外でのeメタンの実証や、設備の商業化、事業化などを推進していることが分かる。
グリーンLPガス推進への課題
LPガスは、日本の国土の95%をカバーし、その分散性から災害時の緊急エネルギー源としても重要ではあるが、クリーン化については都市ガスの主成分であるメタンのクリーン化合成メタン(eメタン)に大きく差をつけられているようだ。ここではグリーンLPガスの技術開発および事業化進展が合成メタンに後れをとっている背景を探ってみたい。
需要減少
上記グラフは1960年から2022年までのLPガス需要の推移(左グラフ)、および家庭部門のエネルギー消費割合(右グラフ)を表したものだ。
LPガスの国内需要は1990年代にピークを迎えた以降、人口減少およびエネルギーのクリーン化推進での太陽光発電を含む電化推進政策によって減少の一途を辿ってきた。
家庭部門のエネルギー消費割合のグラフからは、LPガスは1973年には家庭部門のエネルギー割合の17%を占めていしたものが、2022年には10%にまで減少していることが分かる。電気がその割合を約2倍に増やしたことが要因ではあるが、都市ガスも1973年に17%であった消費割合が、2022年には23%まで増加していることは注目しておきたい。
LPガスのCN対応に向けたロードマップを紹介したが、ロードマップでの足元の国内LPガス需要は1,400万トンであり、年減少率1%として2035年で1,250万トンを前提としている。統計では2021年時点ですでに国内需要は1,253万トンであり、2022年までの10年間の年減少率は2.4%である。ロードマップの前提となる国内需要の見通しに甘さがあるように感じられる。
このように日本国内でのLPガス需要は減少していくことが予測される中、関係企業はカーボンニュートラル化への対応を行わなくてはならないが、縮小する市場に対して大きな投資を行うことは経営者にとって判断しづらいであろう。
業界統合
日本のLPガス需要は1990年代にピークを迎えそれ以降は減少の一途を辿った。LPガス元売り各社は経営基盤の強化を標榜し、特に2000年以降事業統合や合併などの再編の動きを加速させていった。2000年には25社であった日本LPガス協会の会員数は2021年4月時点で10社まで減少した。
上記表は2000年以降に統合した企業の概要であるが、各社は石油元売り、商社などが分散して株式を保有していることが分かる。売上規模は1,700億円から5,800億円である。eメタンやバイオメタンの合成技術開発および事業開発を行っている東京ガスや大阪ガスは独立企業として事業運営がされ、売上規模が2兆円から3兆円であることと比較すると、LPガス元売り企業の経営判断能力は限定され、投資規模もわずかにならざるを得ないことが分かる。
大阪ガスが2024年3月に発表した中期経営計画には「eメタンを中心としたCN投資に1,000億円」とあり、東邦ガスは2025年1月「北米に数百億円をかけ合成メタン製造プラント建設」という報道があるが、LPガス輸入元売り各社がこの規模の投資を行うのは困難であろう。
技術
上記はグリーンLPガスを生成するための道筋の概要をまとめたものだ。原料としては家畜ふん尿や未利用木質資源などのバイオマスと、大気や工場排ガスからのCO2と再生可能エネルギーを利用して製造した水素による合成反応がある。
原料となるバイオマスやCO2、H2は、他のクリーンエネルギーに利用されることから、大量生産のためには原料の確保についても検討を進めていかなければならないだろう。
生成技術に関しては、バイオマスは発酵によるバイオガスを改質してプロパンやDMEに変換する方法が検討されている。CO2と水素からは、逆水性シフト反応(RWSR)によりCOと水素にしてからメタノールまたはDMEにしてLPガスに転換する方法と、FT合成によりプロパン、ブタンを得る方法などがある。
大阪ガスはCO2と水素からSOECによる共電解メタネーションでeメタンを製造する技術開発に取り組んでいるが、この方法からはLPガスの成分も製造可能なことが分かっている。しかし、現状では2030年までに社会実装するためには種々の課題がある。
メタンの合成はサバティエ反応 CO2+4H2→CH4+2H2O で製造でき、ターゲットとして絞り込みやすい。一方、プロパンやブタンの場合、何らかの中間体を生成してから改質なり合成などにより製造しなければならない。技術的には可能であるがメタンに比べてハードルが高い。
LPガス生成の中間体として、また最終生成物としてDMEが取り上げられている。DMEは合成方法が確立されていて、特性がLPガスに近く、グリーンDMEとLPガスを混合することでLPガスの低炭素化を図る可能性がある。第7次エネルギー基本計画(原案)の中でも「rDME(バイオ由来のジメチルエーテル)を混合した低炭素LPガスの導入に向けた取組等を後押しする」となっている。
また、岩谷産業は2023年1月、NEDOの助成事業として相馬ガスと共同で、相馬ガスがLPガスを供給している福島県南相馬市の定住促進住宅80戸に水素を混合させたLPガスを導管供給する実証事業を開始したと発表した。グリーンLPガス製造技術のハードルが高ければ、水素を混合させることで低炭素化を図る方法も有効であろう。
LPガスのクリーン化についてのアプローチの方法についてはいろいろあり、まだどれが優位になるか定まっていないように見える。
以上のように、グリーンLPガスについてはLPガスの需要縮小や業界、技術課題があり、その進展が合成メタンなどに比べ遅れているのが現状のようだ。
最後に 第7次エネルギー基本計画(原案)
2024年12月20日に公表された第7次エネルギー基本計画の原案では、グリーンLPガスについて次のように記載されている。
「大量生産が課題であり、世界的にみても、その生産に特化した先進技術は確立されていない。・・グリーンLPガスの大量生産技術の確立が重要である。グリーンLPガスの大量生産に向けて、革新的触媒等の技術開発や生産プロセス実証を進め、2030年代の社会実装を目指す。」
現在、グリーンLPガスの技術開発で先行するのは、NEDO GI基金事業に採択されている古川電工による家畜ふん尿などからのLPガス合成の実証であるが、これはエネルギー基本計画(現案)に表現される「大量生産」技術にどれだけあてはまるのだろうか。
上記グラフは第7次エネルギー基本計画(原案)でのエネルギー需給の見通し(イメージ)であるが、2040年の消費量での熱・燃料の石油/天然ガス・都市ガス/石炭割合、および発電電力量の火力での石炭/LNG/石油等の割合が不明である。不確実性が多い環境の中、将来は見通せないということの表れであるが、最終エネルギー消費量は2022年に比べ10%~16%程度は減少し、火力発電による電力発電量は2022年の72.6%から3~4割に減少させる方向性は見ることができる。その中で、グリーンLPガスがどのくらいの割合を占めていることになるのか、今後の進展が注目される。
参考:
経済産業省 エネルギー基本計画(原案)、「CO2等を用いた燃料製造技術開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画の改定案
日本LPガス協会 LPガス読本、日協五十年史、日本LPガス協会60年史
野村総合研究所 グリーンLPGの社会実装を見据えた国内外の動向調査