進展が期待される日本企業によるSOEC動向
進展が期待される日本企業によるSOEC動向

進展が期待される日本企業によるSOEC動向

 2025年3月27日、森村SOFCテクノロジー株式会社(以下、森村SOFC)は、高効率の家庭用・可搬用固体酸化物型燃料電池(SOFC)を開発したと発表した。定格発電効率65%を実現したとしていて、現在市場に出ているSOFC型エネファームの定格発電効率が52%程度と比べて、効率が良いようだ。この記事では、森村SOFCも関わる日本企業によるSOEC型水電解装置開発動向についてまとめる。

水電解装置

 水電解は、水を電気分解して水素と酸素に分けることだ。日本では小学校の理科験で、水の中に沈めた電極に電気を通電させ、電極表面から水素と酸素を回収する実験でおなじみだ。

 水電解装置にはいくつかの種類がある。主に、アルカリ水電解、アニオン交換膜型水電解(AEM)、プロトン交換膜型水電解(PEM)、固体酸化物形電解(SOEC)に分類されるが、前者4者は作動温度が100℃以下の低温なのに対し、SOECは500~1,000℃の高温で動作すること、低温電解に比べ効率が優位であること、排熱などを利用することで更に効率が上がることが長所として挙げられる。一方、現時点では設置費用(CAPEX)は他の方式に比べ高くなる。

 アルカリ水電解は、肥料製造などで商用化されていて100MW級の設備がある。一方、SOEC型は数MW級の実証設備の稼働が始まっているが、2020年代後半の実用化に向けて、多くの企業は、現在は開発段階というのが実情のようだ。

SOFCとSOEC

 SOFCとSOECの動作方向は逆であり、SOFCが水素と酸素から水を合成する際に電気を発電するのに対し、SOECは上記のように電極に荷電して水を水素と酸素に分解する。

 構造としては、アノードとカソードの間に電解質であるジルコニアなどのセラミックス(固体酸化物)を挟み込みこんだものが1つのセルとなる。SOECの場合、電極に架電するとアノードからは酸素が発生し、カソードからは水素が発生する。電解質であるセラミックは安定化ジルコニアが使用されるが、電解特性や耐久特性の改良のために開発各社は電極への触媒選定や積層構造などの研究開発が行われている。

 下記図は東芝エネルギーシステムズ(東芝ESS)によるSOECセルスタック構造の模式図である。ジルコニアセラミックスの両側に水素極(カソード)と酸素極(アノード)があり、それらを金属セパレータで挟み込んだものが1枚のセルとなる。このセルを積層してセルスタックとなる。電解質や電極の材質、構造と共に、セル1枚1枚の密封性などの構造要素も性能に影響する重要な要素となっている。

重要な技術

 SOFC、SOECに共通する重要な技術が2つある。ひとつはセルおよびセルスタック、もうひとつはシステムだ。現在の家庭用エネファームSOFCの電源設備としての耐久年数は15年とされている。2012年にエネファームが市場に出た当時は10年の耐久年数であったが、その際の連続耐久試験時間は8万7,600時間をクリアしている。

 発電効率は重要な指標ではあるが、10年15年という長い期間連続運転、時には一時遮断を経ての再開運転で、セラミックスが損傷することなく、発電効率を一定以上維持するセルおよびセルスタックをつくるにはとても高い技術が要求される。電解質である固体酸化物はセラミックスに関して技術の蓄積があるセラミックスメーカーの存在が欠かせない。

 もうひとつの技術がシステムだ。SOFC、SOECは500℃以上の高温で作動するため、効率よく温度を制御する熱マネジメントに関する技術ノウハウは欠かせない。この部分は、自動車で熱マネシステムを行ってきた企業や、ボイラや化学工業などの熱を扱ってきた企業が得意とする分野だ。

 

SOFC企業像

ガス会社

 固体酸化物燃料電池(SOFC)の開発、上市に当たってガス会社、特に大阪ガスは大きな役割を果たした。その開発経緯はNEDOの実用化ドキュメント「高効率な固体酸化物形燃料電池(SOFC)を使った、家庭用燃料電池システムを開発」(2013年)に詳しく描かれている。1970年代に燃料電池の開発を開始し、京セラとの出会いでSOFCへのめどをつけ、トヨタ自動車、アイシン精機(現、アイシン)の参画で商品化した内容だ。

セラミックメーカー

 セルおよびセルスタックを製造できるメーカーは、セラミックメーカーである京セラのほか、日本特殊陶業、森村SOFC、東芝などが挙げられる。

森村SOFC

 森村SOFCテクノロジーは、陶磁器製造のノリタケ株式会社が中核企業となる森村グループの株式会社ノリタケカンパニーリミテド(現、ノリタケ)、TOTO株式会社、日本ガイシ株式会社、日本特殊陶業株式会社が出資して、SOFCのセル、スタック、システム開発、製造販売を目的にして設立された合弁会社で、後に森村商事株式会社も出資している。日本特殊陶業が株式の大半を保有し、日本特殊陶業の小牧工場敷地内、および岐阜県にある同社の関連会社工場敷地内に開発、製造工場がある。

 日本特殊陶業は、2025年2月小牧工場敷地内に、水素・炭素循環関連技術研究開発を行う「水素の森」プロジェクトの実証フィールド「SUISO no MORI hub」を開設した。ここに、SOFCやSOECの導入を行い、技術検証を進めるとしていて、日本特殊陶業と森村SOFCは実質一体となった運用がされているようである。

システムメーカー

 製品としてSOFCを製造または開発している企業としては、家庭用燃料電池エネファームで、アイシンと京セラ。業務・工業用として東芝、カナデビアがある。東芝はセル、セルスタックを自社開発しているようだが、カナデビアは日本特殊陶業などと共同開発を行っているようだ。

SOEC動向

 SOECは、水を電解することで水素を回収することができ、再生可能エネルギーによる電力を電解装置に供給することでクリーンな水素(グリーン水素)を得ることができる。さらに、アノードに別の分子を接触させることで、他の化合物を回収できる可能性がある。例えば、水と二酸化酸素CO2を接触させる(共電解)ことで、水素と一酸化炭素COを同時に回収でき、これらの物質によりFT合成を行うことで合成燃料を得ることができる。

企業動向

 ここからは、企業の動向についてみていく。

特許

 上記表は、SOECを含む特許出願件数を企業グループごとにまとめたものだ。森村SOFCを含む日本特殊陶業グループが260件の特許出願があり、特許出願数としては他の企業を先導している。以下、東芝ESSを含む東芝グループ、京セラ、デンソーとなっている。また、三菱重工業も近年出願数が増加している。

東芝ESS 

 東芝ESSの資料によれば、2010年頃からSOEC用高耐久電解セルの研究開発を開始。2014年度から2017年度までNEDOの委託事業「高温水蒸気電解システム」および2018年度からの「高温水蒸気電解技術の研究開発」で、セル形状を含む電解セルの研究開発および共電解の可能性の検討を行っている。当初、円筒平板型のセル形状を開発していたが、平板型でも同等の性能が出せることを確認した。結果として、システム水素製造量10Nm3/h(電解電力30kW級)の試験機を製作し、水素原単位効率4kWh/Nm3という目標を達成している。

 2022年には、横浜市鶴見区の京浜事業所本工場/川崎市川崎区浜川崎工場浮島地区でのSOEC開発を公表。2024年には500kW級のSOEC水素製造システムのプロトタイプを導入するとしている。その後の予定としては、2027年にMW級の水素製造システムを導入する予定であるが、そのためには技術要素以外に、システム利用者、排熱利用の検証、特殊部材メーカーの育成、サプライチェーン構築などの課題をクリアにしていく必要があるとしている。

 また、2022年4月には大阪ガスがNEDOのグリーンイノベーション基金事業として採択された「SOECメタネーション技術革新事業」で、高温電解装置の技術開発の再委託先として選定されている。ここでは電解質などの材料研究は産総研及び産総研の再委託先である大学などの研究機関が担当する。

三菱重工

 三菱重工は、1980年代よりSOFCの開発に取り組んできた。このSOFC技術をSOECに展開することで早期実用化を目指している。三菱重工のSOFC/SOECセルスタックは円筒横縞型で、平板積層型に比べてシール部がセルスタックの両端円周部2か所のみと、水素がリークしにくい構造となっている。

 単セルスタックでの電解性能試験では、SOFC発電出力の約10倍の水素出力を確認した。2024年4月には、高砂製作所(兵庫県高砂市)に整備した高砂水素パークにSOECデモ機を設置した。約500本のセルを組み合わせたカートリッジを複数台搭載したデモ機では、電解効率3.5kWh/Nm3という高効率運転を確認している。

 三菱重工は、効率90%の達成に向けて開発を進めるとともに、数年後には高砂水素パーク内にMW級のSOECシステム実証設備を設置するとしている。 

デンソー

 2023年6月、デンソーは、広瀬製作所(愛知県豊田市)で、独自に開発したSOEC2台を設置し、グリーン水素の製造およびパワーカード試作品製造ラインで活用する実証を2023年7月より開始すると発表した。水素製造量は1日あたり320Nm3になる。

 2024年8月には、英国のセレス・パワー・ホールディングス(以下、セレス社)と製造ライセンス契約を締結したと発表した。セレス社は、2001年にインペリアル・カレッジ・ロンドンのブライアン・スティール教授の基礎研究を基に設立された企業で、「SteelCell」と呼ばれるフェライト鋼とセラミックスを接合した独自のセル技術を保有していて、500~600℃とSOFC/SOECとしては比較的低い温度で作動することができる。セレス社はライセンスを事業としていて、デンソーはセレス社の技術を基にセルスタックの製造ライセンスを取得し、SOECの早期立ち上げを目指す。

 デンソーは、自動車部品開発・製造で培った熱マネジメント技術やセラミック材料・生産技術を保有している。2024年10月時点でSOFCは量産化間近であり、SOECは2025年度からJERAの火力発電所内にSOECを設置して共同実証試験を実施し、2030年までの事業化を目指すとしている。

日本特殊陶業

 森村SOFCを含む日本特殊陶業グループのSOFC/SOECセル、セルスタックに関する技術は、特許出願件数からも窺い知ることができる。SOFCでの実績として、家庭用エネファームで大阪ガス/アイシン製システムのセルスタックとして森村SOFC製のものが使用されているほか、東京ガス/三浦工業製システムに森村SOFC製が使用されている。東芝や日立造船(現、カナデビア)のセルスタックに日本特殊陶業製のものが使用または検証された実績がある。

 2024年3月、日本特殊陶業はリバーシブルSOCシステムを開発したと発表した。固体酸化物型セル(SOC)を使用して、水電解による水素製造と燃料電池による発電を1台のセルスタックで行う。いわゆるSOEC/SOFC共用システムだ。想定利用シーンとして、太陽光発電と組み合わせることで、夏場の余剰電力を活用しSOECで水素に変換、貯蔵し、冬場に貯蔵した水素を使用してSOFCで発電を行い、電力需要を満たすというものだ。SOECの水素製造量は最大0.9Nm3/h、SOFCの発電容量は740Wと家庭使用となっている。

 将来の水素需要の充足とコスト低減を考慮すると、MW級という大型のSOECを想定するが、個々の家庭での水素活用という新しいターゲッティングとなっている。日本特殊陶業は、SOCシステムの啓もう活動や協業パートナー探索を行い、2025年度中の製品化を目指すとしている。

 そのほか、2023年12月には、NEDO委託事業として「SOEC共電解実用化の研究開発」を電力中央研究所、三菱電機、東京工業大学(現、東京科学大学)と共に開始している。共電解では水とCO2を原料として、SOECで合成ガスである水素とCOを生成し、FT合成で液体合成燃料を精製するというものだ。この研究開発での日本特殊陶業の役割はモジュール概念設計技術開発となっている。

海外動向と日本のSOECの今後

 欧州では、2024年8月トプソーが500MW級のSOECユニットを2024年度中に稼働させると発表。10月にはティッセンクルップのグループ会社が300MW規模のSOECプラントを建設すると発表するなど、数百MW規模のSOEC実証プロジェクトが始まっている。

 中国では、2024年10月にはスタートアップ翌晶能源(Egen Energy)がSOEC生産拠点を設立し、4年で石炭由来の水素よりも安くなると喧伝した。2024年12月にはシノペックが中国初となる100kWSOECプロジェクトの稼働を発表している。

 日本のSOEC研究開発は、数百kW級の実証を行っている状況で、MW級の実証は2020年代後半になる様子だ。技術的には海外勢に劣っているとは思われないが、他の技術と同様に商用化で後れを取るようなことにならないことが望まれる。

 水素については、他の化石燃料代替エネルギーと比較して、引き取り手(オフテイカー)が少ないことが、昨今のいくつかの企業から水素事業凍結、撤退発表に繋がっているとの指摘がある。それでも、欧州や中国ではある程度着実に水素社会実現に向けての準備が進む。他の水電解装置に対して効率が良いSOECの技術確立を行い、グローバルでの商業化を進めていくのを注目したい。

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