日本でのSAF製造動向と原料調達課題
日本でのSAF製造動向と原料調達課題

日本でのSAF製造動向と原料調達課題

 日本国内での持続可能な航空燃料(SAF)製造に関する石油元売り業界の動きが激しい。ここでは、SAF製造方法のひとつであるHEFAの原料となる廃食油調達課題と共にSAF製造動向をまとめる。

目次

SAF規制と導入動向
SAF製造方法
国内石油元売りメーカー動向
 ENEOS
 コスモ石油
 出光興産
原料調達課題
国内廃食油動向
 廃食油(UCO)消費、回収、利用量
 UCO利用方法の変遷とコスト
食料生産とのバランス

SAF規制と導入動向

 航空業界におけるCO2排出量削減に向けた取り組みは、2016年に開催された国際民間航空機関(ICAO)の総会で、国際的な航空運送を行う事業者に2020年以降のCO2排出量増加を抑えるCORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)制度が合意されたことから始まる。

 2021年7月には欧州連合(EU)が、2030年までに域内を運行する航空機へのジェット燃料にSAF(Sustainable Aviaion Fuel)を今後する比率を2%とする目標を設定。日本も追随し2021年12月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」で、2030年までに国内航空燃料におけるSAFの混合比率を10%とする目標を掲げた。

 その後、日本では官民共同によるSAFの導入促進に向けた協議会およびワーキンググループ(WG)で協議を重ね、2023年5月にはSAF利用・供給拡大に向けた「規制」と「支援策」のパッケージを公表した。規制として、2030年時点でのSAFの供給目標量を、少なくとも航空燃料消費量の10%(1,710千kL相当)とするとした。

 日本の石油元売り・精製各社は、規制目標値を踏まえ2030年までに生産するSAFの目標値を上方修正した。これを受けて、2023年6月には石油連盟の木藤俊一会長(出光興産社長)は、SAFについて「2030年の需要量は確保できるめどが立った」述べている。

SAF製造方法

 ジェット燃料は、主に原油を精製して灯油(ケロシン)留分から調整される。持続可能な航空燃料SAFは、原油を使用しないでケロシン成分を持つジェット燃料を製造することになる。

 ニートSAFと呼ばれる100%SAFは、国際規格ASTM D7566 Specification for Aviation Turbine Fuel Containing Synthesized Hydrocarconsで製造方法や従来ジェット燃料との混合比率が定められている。

 ASTM D7566には、製造方法としてAnnex7までが規定されているが、この内商用化されているものはAnnex1、2、5のみである。また、現時点では規定されていないが、CO2と水素または水から直接FT合成で合成ケロシンを製造する方法が研究開発されている。

 Annex1は、都市ゴミなどをガス化して合成ガスを製造し、フィッシャー・トロプッシュ(FT)法でパラフィン燃料に転換する。合成ガスが製造できればFT法によるGtL製造方法は実績がある。ただし、合成ガス製造、GtL製造時のエネルギー源や原料の選定でCO2削減量に制限がある。米国のFulcrum BioEnergy社、RedRock Giofuel社が商用製造している。

 Annex2は、廃食油や植物油など脂肪酸エステルを水素化により燃料にする技術で、HEFA(Hydroprocessed Ester and Fatty Acids)と呼ばれる。廃食油などを水素化処理する技術はSAFより先にバイオディーゼル燃料で実績があり、HVO(Hydrotreated Vegetable Oil)と呼ばれている。HEFAとHVOは基本的に同じ処理方法であり、炭素数の調整の違いとなる。フィンランドのNeste社やカナダのWorld Energy社が航空会社へのSAF供給を行っている。

 Annex5は、アルコールを脱水し、重合させることでバイオジェット燃料を製造する技術で、米国のGeno社がイソブタノールから製造し商用運転している。また、LanzaJetがエタノールの脱水でSAF製造を開発している。

国内石油元売りメーカー動向

 日本政府による航空燃料へのSAF導入規制を受けて、石油元売り精製各社もSAF製造への取り組みを公表している。

ENEOS

 ENEOSは、日本航空、丸紅、日揮と共に2020年2月に、米国Fulcrum BioEnergy社の廃棄物からSAFを製造・販売する事業性調査を実施すると発表した。2025年頃の実証を目指しているとされている。

 これとは別に、ENEOS和歌山製油所に2026年度を目途としてTotal社のHEFA技術を活用してSAF製造を行うと発表している。当初、SAF生産量は年間300千kLとしていたが、SAF導入規制を受けて目標値を年間500~700千kLと修正している。

 HEFAでのSAF製造に向けて、ENEOSは2022年4月に化学製品の輸出入販売を手掛ける野村事務所と共同で、廃食油回収・リサイクル事業者吉川油脂や油脂商社HMLPと連携し、原料としての廃食油調達の仕組みの構築をすると発表した。

 その後、サントリーHDの外食事業者ダイナックや井筒まい泉と、さらに東急不動産の北海道複合商号施設、東急リゾーツ&ステイのホテルやゴルフ場で使用される廃食油の回収の協業を発表している。

コスモ石油

 2022年7月、コスモ石油は三井物産と共に、三井物産が出資する米国LanzaJetのAtJ技術を活用して、コスモ石油の製油所でSAFの大規模生産を目指すと発表した。2027年度までに年産220千kLのSAF製造・供給を目指すとしてる。

 HEFAについては、2022年11月、コスモ石油は日揮HD、バイオディーゼル燃料精製を事業とするレボインターナショナルとSAF製造会社Saffaire Sky Energy社を設立した。出資比率はコスモ石油48%、日揮HD48%、レボ2%だ。2024年度にはコスモ石油堺製油所でHEFAによる年間30千kL規模の生産開始を予定している。

 HEFAの原料確保のためにコスモ石油は、外食産業や東京メトロ、三菱地所、百貨店、介護向け給食事業者、地方自治体・団体などと廃食油回収での協業を相次いで発表している。また、コスモ石油坂出物流基地を廃食油流通拠点として活用することを発表するとともに、タイのバンチャック社からSAFの輸入も行うとしている。

出光興産

 2022年4月、出光興産は千葉事業所内に設置予定のATJ技術によるSAF製造技術開発が、NEDOグリーンイノベーション基金事業(GI基金事業)として採択されたと発表した。国内初の商業規模SAFサプライチェーン構築で社会実装を目指すというものだ。

 出光興産の2030年時点でのSAF供給目標は500千kLであるが、2026年度までにGI基金事業プロジェクトで建設されるATJによるSAF生産能力は100千kL/年だ。初号機に続き2号機も検討していくとしている。

 一方、出光興産は2023年8月、動植物油の輸出入を手掛けるLOPS社と廃食油などのSAF原料調達の仕組みづくりに関する共同検討を行うと発表した。出光興産が2023年2月に公表した「国内のSAF開発・製造の取組」資料にも、2027年以降ATJとHEFA両方の記載があり、2030年に年間500千kLのSAFを供給するためには、開発を進めているATJ技術だけでは足りず、実績のあるHEFAの活用も必要になるということだ。

 LOPS社は、神奈川県横浜市に2つの貯蔵タンク(3,600kL、5,012kL)と大阪市泉佐野市に1つの貯蔵タンク(1,100kL)を保有し、国内外食産業や食品工場から回収・再生した廃食油をシンガポールにあるLOPS ASIAを通じて、Neste社のシンガポールSAF生産子会社に輸出している実績がある。ENEOSやコスモ石油がHEFAでのSAF製造のための原料確保について、各事業者と協力関係を構築することで実施しようとしているのに対して、出光興産は廃食油回収サプライチェーンですでに実績のあるLOPSとの協力関係を選んだ。

 2024年3月19日、出光興産は住友化学が保有している富士石油の発行済み株式総数の6.46%を取得して、富士石油の筆頭株主になると発表した。さらに、今後富士石油の株式を追加取得し、持分法適用会社化するとしている。

 富士石油は、伊藤忠商事を通じてLOPSが廃食油を供給するNeste社からSAFの供給を受けることを発表している。出光興産はSAF供給に関して富士石油分の供給量も加算されることになる。

原料調達課題

 SAF製造の技術的な課題はあるが、FT法による合成燃料製造の実績やHVOによるバイオディーゼル燃料製造実績を踏まえると、原料確保課題が大きいと考えられる。

 ATJの原料となるバイオエタノールは海外から調達するしか手がなく、安定調達について各社サプライチェーン構築検討を推進している。出光興産は、NEDO GI基金事業プロジェクト「ATJによるSAF製造技術開発」の中で、世界各地のバイオアルコール調達および成分分析による適応性調査を行うとしていて、開発課題のひとつとなっている。

国内廃食油動向

廃食油(UCO)消費、回収、利用量

 これまで、国内でのHEFAによるSAF製造原料である廃食油の供給確保に向けた石油元売り各社の協業動向を見てきた。国内の廃食油の動向について全国油脂事業協同組合連合会の資料を参考に見ていく。

 令和4年度の暫定版廃食油(UCO:Used Cocking Oil)の流れ図によると、食用油の国内消費量は2,340千トン、そのうち事務系で約8割にあたる1,914千トンを消費し、発生するUCOの量が消費量の約2割の380千トン、回収量が360千トンとなっている。一般家庭用では、426千トンが消費され、UCOが100千トン発生するが、回収量はわずか4千トンにすぎない。

 事務系、一般家庭系の回収量合わせた364千トンは、50%が家畜の飼料用として、13%が工業・化成品用として利用されている。そして、国内燃料原料としては4%にあたる15千トン、国外燃料原料として33%にあたる120千トンを輸出している。

 2030年時点でのSAFの供給目標量は1,710千kLであるから、現在のUCO回収量364千kL、および回収可能性のある量として189千kLを合わせても、国内のUCOを原料としてHEFAによるSAF製造による供給量は目標値に足らない。

UCO利用方法の変遷とコスト

 UCOは戦前まではそのほとんどが飼料用原料として使用されていたが、1997年の京都議定書締結後、ディーゼル燃料など自動車燃料として用途が拡大した。さらに2010年代に入ってからは、SAFなど燃料原料として輸出が始まり、2020年に入ってからは国内での航空、船舶燃料用原料としての利用が拡大している。

 従って、2020年以前は全国の産業廃棄物処理業者らが委託事業としてUCOを廃棄物として引き取ってきた。現在は燃料原料としての位置づけが大きくなったことで、産廃事業許可を持たない業者が参入し価格が高騰する状況となっている。

 2020年に世界経済フォーラムが、コンサルディングファーム マッキンゼー&カンパニーと共同で「Clean Skies for Tomorrow」という表題の調査報告書を発行している。

 それによると、HEFAの製造コストは2020年時点で1Lあたり$1,100~1,600/tonと、他のSAF製造方法に対して競争力があると評価されているが、化石燃料由来のジェット燃料が1Lあたり$600/tonで製造できることと比べると割高だ。

 HEFAのSAF生産コストは2020時点で1トン当たり$1,375と産出されていて、その内UCO原料調達コストが56%を占める$778となっている。水素の供給コストは年ごとに軽減されるが、原料調達コストが下がる見込みは示されていない。

 出光興産はNEDO GI基金事業でのATJによるSAF製造コストを100円台/Lを目指すとしている。海外からのバイオアルコールに依存するATJでのSAF製造コストの課題も大きいと考えられる。

食料生産とのバランス

 SAF製造方法はHEFAやATJ、産廃ごみから合成ガスを製造してFT合成する方法など、技術がある程度確立されたものから立ち上がっていく。しかしながらどの製造方法も原料の調達については課題があり、サプライチェーンを構築して価格を抑えていく必要がある。

 一方で、廃食油の回収利用やバイオアルコールは食料生産や価格と競合する部分があり、バランスをとっていく必要がある。例えば、国内での廃食油(UCO)の50%の利用先は家畜飼料用だ。この飼料用途への廃食油が供給されなければ、あるいは価格が高騰すれば食肉価格が上昇する結果となる。

 石油連盟は2030年のSAF導入目標に対して「めどが立った」と発言しているが、石油元売り各社の設定目標の合算だけでなく、原料調達課題や食糧生産とのバランスを考えた施策が求められる。

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