近年、日本の人工皮革・合成皮革メーカーの生産能力増強に関する発表・報道が相次いでいる。ここでは各社の生産能力増強やブランド変更などの動向についてまとめる。
目次
生産能力増強の動向
東レ
旭化成
住江織物
東洋クロス
共和レザー
生産能力増強の背景
電動化トレンド
環境配慮
ヴィーガントレンド
規制案
東レと旭化成の戦略
東レ
旭化成
まとめ
生産能力増強の動向
東レ
東レは、2023年1月12日、人工皮革Ultrasuedeを生産する滋賀と岐阜工場の生産能力を、現在の年産1,000万m2から1,500万m2に増強し、2024年後半に稼働させる予定だと発表した。東レは、2019年にもUltrasuedeの生産能力を従来の1.6倍に増強したばかりである。またイタリアでの人工皮革ブランドAlcantaraの生産能力も増強していて、2024年時点で1,200万m2となっている。
旭化成
旭化成は、東レの人工皮革生産能力増強に対抗して、2019年に自社の人工皮革ブランド ラムースの生産能力を600万m2/年から、1,000万m2/年に増強し、2021年下期に稼働させる予定だと発表した。
その前年となる2018年8月、旭化成は米国の自動車内装材メーカー、Sage Automotive Industries(セージ・オートモーティブ・インテリア)を7億ドルで買収している。旭化成は、2024年5月13日セージ社の米国、メキシコ、中国のPVCレザーの生産能力を増強化すると発表した。
セージ社は旭化成のラムースを販売していた。また、セージ社はラムースの染色加工を手掛け、Dinamica(ディナミカ)ブランドとして販売しているイタリアのMIKO(ミコ)社を子会社化していた。旭化成は、2023年3月31日、スエード調人工皮革のブランド「ラムース」を「Dinamica」に統一すると発表した。
住江織物
インテリア事業と自動車・車両内装事業を手掛ける住江織物は、2022年7月にメキシコでの合成皮革製造ラインを新設すると発表した。2023年12月メキシコ子会社での工場稼働を発表している。新設製造ラインでの合成皮革生産能力は、月産40万m(約500万m/年)としている。
東洋クロス
東洋紡の連結子会社である東洋クロスは、2024年3月28日、合成皮革生産ラインの増強のための設備投資を行うにあたり、山口県岩国市と進出協定を締結した。東洋クロスは、東洋紡の岩国事業所敷地内で合成皮革を生産している。これまでの年間生産能力200万mから300万mに増強する。
共和レザー
自動車用内装素材大手共和レザーは、2024年5月27日に発表した長期ビジョンの中で、インドのクリシュナグループと提携して、インド市場に進出すると発表した。2027年に現地での生産工場を立ち上げることを計画する。それまではインドへの輸出を拡大してインド市場への基盤を固める考えだ。共和レザーの2023年の合成皮革(PU)と塩ビレザー(PVC)の合計生産数量は月産203万m(約2,400万m/年)となっている。
生産能力増強の背景
人工皮革・合成皮革メーカーが自動車用内装材素材の生産能力を増強するのは、自動車産業のトレンドや規制、環境問題が背景にある。
電動化トレンド
地球温暖化ガスの排出を抑えるためのひとつのトレンドが、自動車のエンジン車(ICE車)から電気自動車(EV)への移行がある。EVはエンジンや燃料タンクがない代わりに、電動モータとバッテリーを必要とするが、モータは鉄の塊であり、バッテリーはガソリンや軽油などの液体燃料に比べてエネルギー密度が低いため、搭載エネルギー量を確保しようとすると、車両の重量はICE車に比べ重くなる。そのため、内装材を含めた他の部品は少しでも軽量化を求められる。天然皮革に比べ軽量な人工皮革・合成皮革が使用される理由のひとつだ。
EV化での課題は軽量化だけでなく、コストもある。EVではバッテリーのコストが大半を占めることになり、少しでも安く完成車を提供しようとしたら、安い材料を使用したい。軽量化とコスト課題から、天然皮革に比べ、メリットがある人工皮革・合成皮革・PVCレザーが採用されることが増えている。共和レザーの資料によると、2020年の合成皮革(PU)と塩ビレザー(PVC)の比率は41:59だったものが、2023年では、30:70とPVCレザー比率が高くなっている。また、旭化成の関係会社セージ社の米国、メキシコ、中国でのPVCレザー生産能力増強の動向もコスト面でのメリットが反映した形だ。
電動化トレンドは駆動装置の電動化だけではない。自動運転やインフォテイメントで、自動車の内装に求められるものは、クルマを運転することへの喜びから、室内でくつろぎ・楽しむ空間や高級感のある内装への志向がある。高級スエード調人工皮革や装飾性に凝った合成皮革が、電動車の内装に採用される理由のひとつとなっている。東レのUltrasuede、Alcantaraや旭化成のDinamicaの採用が広がっている理由のひとつとなっている。
環境配慮
ヴィーガントレンド
1980年米国で動物の権利を擁護する団体PETA(People for the Ethical Treatment of Animals)が設立されてから、欧米を先行に動物に対する虐待行為をやめようというトレンドがある。アパレル業界では高級ブランドなどが相次いで毛皮の採用を廃止し、人工皮革を含めた代替材料への展開を行ってきた。毎年、イタリアで開催される皮革の国際見本市では、天然皮革業者の展示しかなかったものから、徐々に人工皮革・合成皮革などの展示が増えていると聞く。
ヴィーガントレンドは、中国の消費者の間でも支持が多く、世界一の自動車市場である中国を含めて、従来使用されてきた自動車内装材として本革から人工皮革・合成皮革への流れが加速している要因となっている。
規制案
石油化学由来の現材料を使用しない、または低減して環境に配慮した材料や、リサイクル材料を使用して環境に配慮した製品開発を各社行っている。
2023年7月、欧州委員会は自動車の設計・廃車(End-ofLife Vehicles:ELV)の管理に関いる規制案が提出されている。この規制案では、新車に使用するプラスチックの25%以上を再生プラスチックにすること、また内25%は廃車由来の再生プラスチックを使用すること、2030年までに自動車廃棄物から回収されるプラスチックの95%をリサイクルすること、を提案している。
東レは、2025年までに自動車用人工皮革の50%を再生プラスチック由来のものにすることを目標にしている。また、共和レザーは長期ビジョンの目指すべき姿として、「サーキュラーエコノミーを実現するトップランナー企業」となるとしていて、自然由来の材料導入などにより、石油由来の原材料使用量を抑制するとともに、リサイクル・リユースを活用して低環境負荷製品の製造を実現するとしている。
ELV管理のようなリサイクル促進案も、適合した、あるいは適合の方向に動いている人工皮革・合成皮革などを採用する理由となっている。
東レと旭化成の戦略
ここでは、東レと旭化成の人工皮革に関する戦略を見ていく。
東レ
東レは、1970年に滋賀事業所で人工皮革「エクセーヌ(現、Ultrasuede)」の生産を開始している。Ultrasuedeは、海島複合紡糸により製造されるミクロンオーダーの極細繊維にポリウレタン樹脂を組み合わせたスエード調人工皮革だ。1972年にイタリアで合弁会社を設置(現、アルカンターラ社)し、人工皮革ブランドAlcantaraを展開している。2013年、日本製の人工皮革をUltrasuede、イタリア製をAlcantaraとしてブランド整理を行っている。
環境対応としては、2015年にポリエステルの粗原料であるエチレングリコールにサトウキビの廃糖蜜を使用した植物由来の合成ポリマーを開発し、このポリマーを使用したUltrasuede PXを発表。2019年には上記ポリエステルと、非可食性トウゴマから得られるひまし油を原料としたポリオールを一部使用したポリウレタンからなる植物由来現利用比率30%のUltrasuede BXを発表。現在は約30%が植物由来のポリエステル(PET)を使用しているが、100%植物由来のPETを使用したUltrasuede nuを2022年に発表し、2022年11月就航の全日空(ANA)の特別塗装機のヘッドレストカバーに採用されている。
東レは1970年代から50年以上にわたるUltrasuedeとAlcantaraというブランド戦略、日本、イタリア合わせて約3,000万m2という生産能力、植物由来原料を使用した環境対応という技術力でグローバルに事業を拡大していくようだ。
旭化成
旭化成は、1980年に宮崎県延岡市で人工皮革「ラムース」の生産を開始した。その後、前述のように2018年に米国の自動車内装材メーカーセージ社を買収した。これにより旭化成は、人工皮革製造販売メーカーというだけでなく、シートを含む自動車内装材事業への拡大を図ることができただけでなく、人工皮革以外のファブリックや塩ビレザー素材を手に入れることができた。また、グローバル展開としても北米や中国を強化できた。
旭化成の人工皮革Dinamicaは、一部にポリエステルのリサイクル原料を使用し、水系ポリウレタンを使用した環境に配慮した素材だとしている。2022年11月にはリサイクル原料の使用比率を73%まで高めた新製品を開発したと発表している。
また、2023年10月には非石油由来のレザーを開発する米国のスタートアップNFW(Natural Fiber Welding)社に出資参画し、セージ社がNFW社とパートナーシップ契約を結んだ。NFW社は植物由来の生分解性天然ゴムと廃棄物繊維からなる天然皮革代替材料「MIRUM」を開発している。環境対応製品幅を広げた形だ。
旭化成は、人工皮革Dinamicaだけでなく、米国セージ社の獲得により自動車内装材メーカーとしての位置づけを確立し、グローバル展開も拍車をかけることができた。また、製品幅も人工皮革、ファブリック、PVCレザー、天然皮革代替材料MIRUMと広げてきている。
まとめ
人工皮革・合成皮革市場は年平均成長率CAGR7%程度の成長が続いている。今後も自動車の電動化トレンドや環境配慮の観点から、人工皮革・合成皮革の成長が続くものとみられ、日本の製造社も成長戦略として、生産能力の増強などで対応を図っている。今後も見逃せない業界だ。