カーボンナノチューブ事業に参入する自動車部品メーカー
カーボンナノチューブ事業に参入する自動車部品メーカー

カーボンナノチューブ事業に参入する自動車部品メーカー

 東海理化は、東京都立大学と共同研究しているカーボンナノチューブを用いた熱電発電技術を、9月4日から6日まで幕張メッセで開催された「第3回ネプコン ジャパン」に出展公開した。9月17日には、自動車樹脂部品製造及び化学製品商社である森六ホールディングスが、高い導電性を持つ高分散CNTマスターバッチの営業を本格化させるとの報道が一部のニュースメディアに掲載された。ここでは、自動車部品関連メーカーTPR、エフ・シー・シー、東海理化の新規事業としてのカーボンナノチューブへの参入動向についてまとめる。

目次
カーボンナノチューブ(CNT)
 構造と特性
 適用分野
 日本でのCNTプロジェクトの歴史
 CNTの課題とスーパーグロース法
 日本ゼオン
 市場
 CNT関連事業スキーム
自動車部品メーカーのCNT事業への参入
 TPR
 エフ・シー・シー、カーボンフライ
  カーボンフライ
  エフ・シー・シー
  カーボンフライの展開
  エフ・シー・シーの展開
 東海理化、名城ナノカーボン
  東京都立大学
  名城ナノカーボン
  東海理化
所感

カーボンナノチューブ(CNT)

構造と特性

 カーボンナノチューブ(以下、CNT)は炭素原子を網目状に結び付け筒状にしたものだ。CNTのうち、1本の円筒から構成されるものを単層CNT(SWCNT:Single-walled CNT)、直径の異なる2本以上の円筒から構成されるものを多層CNT(MWCNT:Multi-walled CNT)と呼ぶ。

 特性は、他の材料に比べ軽量で、鋼鉄の約100倍もの高強度、銅の約1,000倍もの高い導電性、銅の約10倍もの熱伝導性、1,000℃に耐える耐熱性などがある。また、筒状に巻いた時の巻き方(カイラリティ)によって、導体、半導体といった異なった性質を持つようになる。

適用分野

 CNTは高強度材料として他の樹脂材料などと複合化して、自動車や航空宇宙等の分野への適用や、導電・半導体の性質からエレクトロニクスやバッテリー、センサーや生体臨床分野等幅広い分野での適用が研究開発、及び実用化されている。上記表は2024年に入ってから学会誌や専門誌に掲載されたCNT関係の論文、記事のタイトルであるが、様々な分野で研究開発がされていることが分かる。

日本でのCNTプロジェクトの歴史

 CNTは、1991年、当時NECの主任研究員であった飯島澄男氏によって発見された。それまで、CNTと想定される物質は発明されていたが電子顕微鏡(TEM)による構造確認により初めて円筒状の構造物であることが確認され、CNTという名称がつけられた。日本は、国家プロジェクトとしてCNTを含むナノカーボン素材に関するプロジェクトを1998年度から2016年度まで18年に渡って支援してきた。

CNTの課題とスーパーグロース法

 CNTにも課題がある。そのひとつは欧州での発がん性物質として一部のCNTが適応される可能性があることだ。現在、欧州で議論が進む規制案では、直径30nmから3μm、長さが5μm以上の多層CNTなどをアスベストと同等の発がん物質として定義することが検討されている。日本のCNT製造者は、この規制案に反論を行っているが、今後の動向には注意が必要だ。

 もうひとつは、製造コストが高いことだ。中でも単層CNTを製造するには当初、kgあたり数千万円かかると言われた。産総研は従来のCVD法(化学気相成長法)を改良し、触媒にごく微量の水分を添加することで触媒の活性を増大させ、従来の約千倍の効率で単層CNTを合成する技術、スーパーグロースCVT法を開発した。

 産総研は、2006年からNEDOのカーボンナノチューブキャパシタ―プロジェクトで、日本ゼオンと共同してスーパーグロース法の量産技術の開発を行い様々な研究成果を生み出した。日本ゼオンは、山口県徳山工場内にスーパーグロース法による単層CNT量産工場を建設し、量産コストはそれまでの1,000分の1になるといわれ、2015年11月に稼働を開始した。

 

日本ゼオン

 日本ゼオンは1990年代初頭にCNTが解明されてから、これまで単層CNTではあるが、国家プロジェクトを通じて日本のCNT製造、製品開発をけん引してきた代表企業である。2016年にはNEDOと高性能熱輸送シートを開発、サーバーCPUの冷却用への適用を検討。2017年にはサンアロー、産総研とCNT複合材料研究拠点を設立し、各種マスターバッチや成形体の製造プロセスの開発を開始している。2020年代に入ってからは、生体医療分野の製品開発に取り組み、2024年に入ってからも台湾企業との単層CNTによるLiB向け導電性ペースト製造の提携、熱電変換素子での熱配管異常自動検知システムの事業化を発表している。

 一方で、2022年1月にはCNT製造・販売会社であったゼオンナノテクノロジーを日本ゼオンに吸収合併し、2023年2月には2023年度第3四半期の連結決算にて、「CNT事業での事業計画策定に際して将来の不確実性」があるとして減損損失を計上している。この時の日本ゼオンのコメントは「需要が予定よりも後ろ倒しとなったことで、減損損失として見込んだ。しかしながら将来的な伸びが期待できる分野には違いない」としている。

市場

 2024年1月に調査会社矢野経済研究所がプレスリリースしたCNT世界市場に関する調査では、2023年のCNT世界出荷量は前年比150%となる10,966トンとなる見込みとなっていて、99.7%が多層CNTである。最大の使用用途は、リチウムイオン電池(LiB)の導電助剤で、BEVなどの電動車の拡大により需要が拡大している。今後とも高い成長が見込まれ、矢野経済研究所は、上記資料の将来展望で、2028年にはCNTの世界市場規模は50,000トンを超えると予測している。

 確かに単層CNTの市場は多層CNT市場の僅か1%程度でしかないため、日本ゼオンにとって需要予測と収益性を計算するのは難しそうだ。しかし、日本が国家プロジェクトとして育成してきたCNTの最大の利用分野はLiBや太陽光発電などの電極導電助剤であり、その最大市場は中国だ。前述の矢野経済研究所のプレスリリースによると、多層CNTの地域別需要構成は中国がおよそ75%を占め、さらに韓国LiBメーカーの欧州向け出荷拡大や、北米需要の拡大もあり、相対的に日本のシェアが低下している。

 CNTメーカーも中国企業の存在が大きく、日本でも宝泉が世界最大規模のCNT生産を行っている中国Cnano社製CNTを、ニューメタルス エンド ケミカルス コーポレーションがNTP(Shenzhen Nanotech Port)製CNTの取り扱いを行っている。

CNT関連事業スキーム

 CNTを取り扱うにはいろいろな困難がある。まず、CNT自体を製造すること。CNTは分散性が極端に悪いことから、水溶液や樹脂などに分散させる技術が必要であること。そして、CNTを製品に使用する製造技術を持つことである。それぞれに各社の強みを発揮して、事業に参入することになる。

 以上のことを踏まえて、自動車部品メーカーのCNT事業への参入動向を見ていく。


自動車部品メーカーのCNT事業への参入

TPR

 エンジンピストンリング、シリンダライナなど自動車エンジン部品を主力製品としているTPRは、新規事業の一つとしてナノ素材CNTの開発を行っている。2018年5月、TPRは長尺少層の多層CNTの製造ラインを、長野県岡谷市にある長野工場内に新設したと発表した。

 TPRは2019年4月にCNT製造に関する特許を出願している。反応容器内に触媒を担持した基板を配置して反応容器内にガスを供給して基板上にCNTを生成させる固定相型化学気相成長法(CVD法)によって、長さが1.0mm以上の多層CNTを製造する方法についての特許だ。

 TPRのCNTの特徴は、「畳一畳の広さ全面に、長さ2mmのCNTを作れること」である。長尺の尺度で言えば、従来のCNTのアスペクト比が数千から数万のオーダーであるのに対して、TPR製は20万と桁違いに大きい。ミリオーダーの長尺CNTを製造する技術ではトップであると、TPRはアナウンスしていて、他社のMWCNTとの差別化を図っている。また、「畳一畳」の広さということから、大きなチャンバーによる製造設備を保有しているようであり、製造面での優位性も感じられる。

 このほか、CNT中間財としては、CNTの分散液と分散液を使用した樹脂マスターバッチの製造方法に関する特許、最終製品としては、キャパシタ用電極、熱電変換素子(モジュール)、電磁波遮蔽体に関しての特許出願が確認できる。ホームページ上には、面状発熱体、生体電客、帯電防止剤やバッテリー用分散体などの製品開発事例が掲載されていて、さまざまな適用先開発を進めているようだ。

 TPR自体としてのニュースリリースはないが、TPRのHP上にはメディア掲載情報が提示されていて、2023年3月には、2023年度内をめどに山形工場にCNT分散液を量産するラインを構築、2024年4月にはヤーン状CNT製品として釣り糸を開発し、2027年度中までには市場に投入するという記事が紹介されている。

 筆者は2024年6月にブログに「中堅自動車部品メーカーの中期経営計画 2024」掲載し、その中でも言及したが、TPRは2024年5月に発表した中期経営計画で、CNTなどナノ素材を含むフロンティア分野の成長に投資し、2023年度のフロンティア分野の売上高930億円を、2030年度には1.6倍となる1,541億円に引き上げる計画だ。TPRはCNT事業については後発ながら、CNT自体の製造から、分散液・マスターバッチなどの中間財、そして最終製品への適用開発まで一貫して行っていて、今後もCNTを含むナノ素材事業の拡大を目論んでいる。

エフ・シー・シー、カーボンフライ

カーボンフライ

 カーボンフライは、2016年に中国で設立されたシーワン・テクノロジーの日本拠点として、2018年に日本で設立されたシーワン・テクノロジー・ジャパンを基に、シーワン・テクノロジー・ジャパン代表の鄧飛(テン・フィ)、自動車部品のクラッチを専業とするメーカーであるエフ・シー・シーと商社兼松が出資して設立されたCNT開発、製造、販売会社である。エフ・シー・シーと兼松の出資比率は不明であるが、両社から取締役が就任していることもあり、開発・営業を深く支援しているようだ。

 2023年6月、カーボンフライ、エフ・シー・シー、兼松の3社は化学品工場等で排出されるCO2を回収して、CNTを生産する技術開発を行うと発表した。カーボンフライは、CVD法によりアセチレンガスを800℃未満で分解し、CNTを作る技術を持つ。この技術をベースにして、アセチレンの代わりにCO2を分解しCNTを製造する開発を行っていて、2020年代後半の実用化を目指している。

エフ・シー・シー

 エフ・シー・シーは、2023年7月に開催された展示会「テクノフロンティア2023」に、CNTフィルムを出展した。FRP複合材や熱伝導シート(TIM:Thermal Interface Material)などヘの適用を想定し、サンプルを展示している。また、特許では(2024年8月末時点調査)、水系・非水系それぞれのCNT分散液に関する特許や、炭素繊維シートと樹脂、CNTによる複合素材の製造方法に関する特許が出願されている。CNTの製造自体はカーボンフライに依存しているが、中間財である分散液や成形部材については、各分野への適用を積極的に検討しているようだ。

 

カーボンフライの展開

 カーボンフライは、2023年10月三菱ガス化学グループで樹脂成形を手掛ける日本ユピカと宇宙素材開発で提携を発表している。静岡大学工学部の研究グループが開発を行っていた超小型衛星STARS-Xの親機パネルの素材として採用された。その後、カーボンフライは日本ユピカと共同でCNTハイブリッドプリプレグを展示会出展している。エフ・シー・シーと静岡大学工学部は、共に静岡県浜松市に拠点があり、共同開発締結にはエフ・シー・シーの支援があったことが推定される。

 2024年5月、カーボンフライはスポーツ用品メーカー・ミズノと資本業務提携を締結していている。CNTを活用したスポーツレジャー分野での商品開発を推進するとしている。2024年6月にはデンカがカーボンフライと資本業務提携を締結した。デンカが進めるLiBのサプライチェーン構築を協力していくと発表している。

 

エフ・シー・シーの展開

 エフ・シー・シーは、カーボンフライに出資することで、CNTの製造について担保し、分散剤などの中間財の開発、他社との共同開発を含む製品をカーボンフライの支援及び共同開発することで、CNT事業を推進している。

東海理化、名城ナノカーボン

 トヨタ系大手でスイッチ類などHMI(Human Machine Interface)事業などを手掛ける東海理化は、2024年8月、CNTに関連したプレスリリースを2件相次いで発表した。ひとつは、8月19日にCNT開発、製造、販売を手掛ける名城ナノカーボンと資本業務提携を行ったというもの。もうひとつは、8月28日、東京都立大学との共同研究である「CNTを用いた熱電発電技術」を展示会で初公開するというものだ。

東京都立大学

 東京都立大学が発表したニュースリリースによれば、東京都立大学大学院理学研究科の柳和宏教授らの研究グループは、「CNTにおける熱電変換の起源の研究」で、高配向のCNTヤーンを用いて高い熱電出力因子を示す研究成果を2021年8月までに報告している。東海理化は、CNTを用いた熱電変換に注目し、2022年より柳教授との共同研究を開始している。

 熱電変換には、温度差から正の電圧を発生するP型CNTと、負の電圧を発生するN型CNTが必要であるが、それまで困難であったN型CNTの製造を、共同研究により化学処理を施すことで製造することができ、実用性の高いCNTヤーン熱電変換素子の開発に道筋を立てたとしている。

名城ナノカーボン

 名城ナノカーボンは、2005年に名城大学理工学部の安藤義則教授が研究していたCNTの製造を目的に設立されたスタートアップだ。安藤氏は1991年に飯島澄男氏にCNTの発見となるアーク放電方式によるCNTサンプルを提供している。その後、産総研のeDIPS(改良直噴熱分解合成)法による工業生産プラントを2015年に稼働させ、独自のCVD法によるCNT技術も保有し、高結晶・高純度SWCNTを製造している。分散技術も保有しているほか、金属型CNTや半導体CNTなどの製品ラインアップもあり、CNTを製造している企業の中では技術力が高いとみられる。

東海理化

 東海理化は、8月28日のニュースリリースの中で、東京都立大学と共同研究してきた熱電発電技術は、「名城ナノカーボン製の高品質なCNTと組み合わせることで、更に電気伝導率を高めることができ、より実用性を高めた」としている。名城ナノカーボン製CNTの高性能、高品質を示している。

 8月19日の名城ナノカーボンとの資本業務提携のニュースリリースでは、両者は「糸状のCNTを用いた熱電変換素子などの商品の企画・開発・生産を行い、・・自動車、宇宙など様々な分野へ拡販活動」を行っていくとしている。東海理化のCNT関連事業はこれからだが、名城ナノカーボンという強力な技術力を持つ企業との資本業務提携から今後の展開に注目したい。

所感

 1991年に日本の研究者によって発見されたCNTは、日本政府の補助・支援によって技術発展、適用展開がなされてきたが、日本企業のグローバル市場での商業的な成功は見えていないようだ。この点は、日本が先行して技術を開発しながらも、商業的には成功しない多くの事例に似ている。

 しかしながら、高機能素材を応用した様々な分野での研究開発は行われていて、日本ゼオンが言及するように「将来的な伸びが期待できる分野には違いない」。現在CNTの最大の適用先はLiBや太陽光発電などの電極導電助剤であり、これらの製品は中国製が市場を席巻していることを考えると、他の分野を含めて個別戦略でどこまで商業的な成功を見込めるかが勝負になるようだ。CNT製造の低コスト化動向と共に、自動車部品メーカーが新規事業として参入を行うCNT関連事業について注目していきたい。

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