アンモニア合成触媒の変遷と挑戦
アンモニア合成触媒の変遷と挑戦

アンモニア合成触媒の変遷と挑戦

 2024年9月22日から26日まで中国・上海で、第3回アンモニアエネルギーシンポジウムが開催された。アンモニアや水素関連の多くの研究者や技術者を含む関係者が集い、肥料・水素キャリア・代替燃料としてのアンモニアに関する研究、技術発展の報告がされた。出席者によると、2010年以降アンモニアに関する研究開発論文の発表件数は増加していて、特にここ数年中国を中心に様々な研究開発の発表が相次いでいる。ここでは、アンモニアの学術的また革新的な研究開発とは別に、100年前に発明されたハーバー・ボッシュ法(HB法)、及びアンモニア合成触媒の変遷と日本でのNEDOグリーンイノベーション事業プロジェクトについてまとめる。

目次
アンモニア合成
 アンモニア合成プロセスの変遷
 HB法アンモニア合成工程
 プロセスの改良
 アンモニア合成反応器
アンモニア触媒の変遷
 BASF
 ジョンソンマッセイ(旧ICI) Katalco
 クラリアント(旧ズードケミー) AmoMax
 KBR KAAP Ru触媒
 アンモニア合成触媒の要件
NEDO GI基金事業 アンモニア製造新触媒の開発・実証プロジェクト
所感

アンモニア合成

 アンモニアの合成反応は下記の反応式で表される。可逆反応で圧力と温度による平衡がある。アンモニアの収率は低温・高圧状態が有利であるが、低温では反応速度が遅く実用性に課題がある。従って、転換率は落ちるが高温・高圧状態で反応させ未反応ガスを再度反応器に循環させるループをつくることで原料ガスをアンモニアに転換させることになる。また、発熱反応であることから反応が進むと温度が上昇するため、冷却構造が必要となる。

アンモニア合成プロセスの変遷

 アンモニアの触媒による合成プロセスは、ドイツの物理化学者フリッツ・ハーバーとBASFのエンジニアであったカール・ボッシュによって1910年代に発明された。その後、1920年代にHB法の改良版としてカザレー法、クロード法、ファウザ―法、ウーデ法、東京工業試験法などが開発されたが、現在アンモニア合成のライセンスプロセスを提供しているのは、ケロッグ・ブラウン&ルート(以下、KBR)(米国)、ティッセンクルップ(旧ウーデ)(ドイツ)、ハルダー・トプソー(デンマーク)が主な顔ぶれだ。

 現在、アンモニア生産は天然ガスなど原料産出国に、日産2,000トンから4,000トンの生産能力を持つ大型生産プロセスを設置することが一般的だ。これは、原料の輸送・貯蔵コストが高く、産出地で生産したほうが安くなるからだ。生産能力は1960年代までは日産600トンクラスが最大であったものが大型化した。下記グラフは、インターネット上から検索したアンモニア合成システムの生産能力とコストをプロットしたものだが、0.8乗で近似曲線を当てはめることができる。

HB法アンモニア合成工程

 天然ガスなどの原料からアンモニアを生産するには、下記のような工程が必要となる。アンモニア合成の前までの工程が、アンモニア合成に必要となる水素を製造する工程だ。これほどの工程を経て水素を生成するのならば、現在グリーンアンモニアと呼ばれる水電解による水素製造の方が合理的なように見えるが、アンモニア合成プロセスの歴史を見ると、例えば昭和肥料(後の昭和電工、現在のレゾナック)は昭和3年に東工試法アンモニア合成プロセスを立ち上げているが、この時の水素は水電解により供給されている。昭和電工の資料には水電解装置が整然と並ぶ写真があり壮大だが、コスト面で採算が取れず1972年に水電解によるアンモニア合成法は廃止されている。現在、水電解装置の開発、実証、商用化が世界各地で行われているが、グリーンアンモニアの製造コストも水素製造コストによるところが大きい。

プロセスの改良

 HB法アンモニア合成プロセスは、エネルギー効率向上を目指してこれまで様々な開発、改良が行われてきた。そのひとつが、圧力損失の低減だ。アンモニア合成反応管ではガスの流れを軸方向から半径方向に変えたラジアルフロー型が主流となった。反応管の中の圧力損失低減のためには、触媒の粒径を原料ガス上部から反応後半にかけて傾斜をつける工夫などもされている。また、2000年代にはアンモニア合成プロセスライセンサー各社は、プロセス全体の最適化を行うために、プロセスの中で一番エネルギーを使用する改質炉部分を熱交換型にする開発を行い、各社のアンモニア合成プロセスの差別化が進んだ。

アンモニア合成反応器

 ティッセンクロップ社の3層(Bed)式アンモニア合成反応器をモデルにした模式図と転化率曲線の模式図を下記に示す。原料ガスは反応器に入ると熱交換を行った上で1段目のBedに入り触媒の力を借りてアンモニア合成が進む。温度が上昇し、その温度で平衡に達する手前で冷却され、2段目のBedに入りアンモニアの転化率を上昇させ冷却し、3段目のBedで目標アンモニア転化率を得ることになる。

 Bedを3層などの多段層する必要はないが、アンモニアの合成反応は発熱反応なので、温度が上昇してしまうと平衡曲線から目標となる転化率を得られない。あるいは、低温で目標の転化率を得ることができるかもしれないが、反応速度が遅く、必要な収量を得られない可能性がある。

 このように、現在のHB法アンモニア合成プロセスは、HB法が発明された当初に比べ、プラント設置のための投資費用、生産コスト、エネルギー効率などの改良が行われ、合成反応器から出るアンモニア濃度は初期のHB法の12%程度から19%~21%程度にまで増加し、エネルギー効率も約30%改善され、最小理論値を30%上回るプロセスとなっている。

アンモニア触媒の変遷

 現在、アンモニア合成プロセスライセンサーが使用している触媒はハドラー・トプソーを除いて、クラリアントとジョンソンマッセイの2社が占有しているようだ。

BASF

 商用アンモニア合成触媒の歴史を見ると、1913年にハーバーとボッシュが開発したマグネタイト鉄にカリウム(K)とAl2O3を促進剤として使用した触媒をBASFが商用化した。触媒は溶融法で製造され、粉砕し、必要なサイズに分級される。BASFはこの触媒を使用して500℃、30MPaという高温高圧でアンモニア製造を開始している。現在、BASFはアンモニア合成触媒からは撤退していて、クラリアントの触媒を使用しているようだ。

ジョンソンマッセイ(旧ICI) Katalco

  イギリス・ロンドンに本拠地があった旧インペリアル・ケミカル・インダストリーズ(以下ICI)は、アンモニア合成プロセス・触媒でも重要な役割を果たしてきた。旧昭和電工も1967年からICI法によるアンモニア合成プロセスによる操業を開始している。

 ICIは、1984年に8MPa~11MPaで動作する低圧合成ループプロセスを開発している。その時に使用された触媒が、コバルト(Co)を促進剤として使用した高活性アンモニア合成触媒Katalco74-1だ。プロセスは改良され1988年にはKatalco74を使用して7MPa~8MPaで稼働するプロセスを開発している。

 その後、ICIの経営状態が悪くなり、1990年にはカタルコ社はICIから独立、1997年にはジョンソンマッセイがカタルコ社を買収した。ジョンソンマッセイは同年BASFから合成ガス触媒部門も買収していて、現在はジョンソンマッセイがアンモニア合成プロセスの触媒シリーズとしてKatalcoを製造・販売している。

クラリアント(旧ズードケミー) AmoMax

 1986年ドイツの触媒メーカー ズードケミーは、従来のマグネタイト(Fe3O4)ではなくウスタイト(Fe1-xO)を使用したアンモニア合成触媒を開発している。ウスタイトはx:0.03~0.15と非化学量論的酸化鉄であるため、細孔が改善され比表面積が大きくなることから、マグネタイトFe触媒に比べ活性が20%改善され、高い非毒性を持ち長寿命であるという特徴を持つ。

ズードケミーは2002年にウスタイトベースの触媒AmoMax10を発表した。この触媒を使用することで合成ループからのアンモニア転化率はそれまでの16%程度から最高21%まで改善したといわれている。2010年改良版のAmoMax10 Plusを発表後、2011年ズードケミーはクラリアントに買収された。

その後も、カザーレ社合成プロセス向けAmoMax10 Casaleを発表しているほか、KBRもAmoMax10をベースとした自社プロセス用触媒の共同開発を実施しているなど、現在の従来型HB法アンモニア合成ループ触媒としては実績があり、またライセンサーからの信頼を受けている触媒だ。

KBR KAAP Ru触媒

 1994年KBRは、KBRアドバンスト・アンモニア・プロセス(KAAP)のプラントをカナダに完成させた。このプロセスには、ブリティッシュペトロリアム(現bp)の触媒部門が1970年代に開発を始めたグラファイト化カーボンに担持された二重促進ルテニウム触媒(Ru/Cs/C)が使用されている。ハーバーとボッシュがアンモニア合成触媒を開発して以来、初めてFe以外の触媒が商用化された。この触媒は従来のFe触媒に比べ活性が20倍ほど高く、合成圧力を9MPa程度まで下げることができる。

 しかし、このRu触媒にはいくつかの課題がある。ひとつは触媒被毒で、水素により触媒が被毒されるため、多段合成反応器の1段目にはFe触媒を使用する場合がある。また、ルテニウム自体が希少金属で、供給は限られ、コストは高い。従って、KBRのKAAPプロセスは2017年時点で7プラントしか稼働していないといわれている。

 このように、1913年に開発されたFe触媒を使用したHB法は、当初合成圧力20MPa~30MPa、温度400℃~500℃という高温で、合成ループ出口の転化率が12%程度であったものが、触媒やプロセス、合成反応器の改良で、合成圧力は8MPa~16MPaまで低減され、転化率も最高21%まで向上してきた。

アンモニア合成触媒の要件

 ここで、アンモニア合成触媒の要件を検討してみたい。

  • アンモニアの熱力学的な平衡曲線から温度が上昇するとアンモニア転化率が低下する。従って、できる限り低い反応温度で高い活性特性を持ち、反応速度が落ちないこと。
  • 商用アンモニア合成プロセスでのアンモニア触媒の交換は10年から20年、あるいはそれ以上になると言われている。その間安定した触媒活性を維持し、機械的破損などを起こさないなどの長期安定性、耐久性を持つこと。
  • KBR KAAPが示すようにルテニウムなど希少金属を使用した触媒によるシステムは、材料コストや材料供給安定性の面で主流には成りえない。従って、希少金属を使用した触媒は使わない、あるいは極力使用量を低減する必要がある。

 高すぎる活性の触媒は触媒被毒などで長期安定性に劣ることがある。1番目の要件と2番目の要件の兼ね合いを十分に検討する必要があると考えられる。また、3番目の要件は触媒材料の選択を狭め、これまで商用化された触媒との優位性をどのように打ち出すかが重要となる。

NEDO GI基金事業 アンモニア製造新触媒の開発・実証プロジェクト

 2022年1月7日、NEDOはグリーンイノベーション基金事業(GI事業)「燃料アンモニアのサプライチェーン構築」の中の「アンモニア供給コストの低減」で、千代田化工建設が幹事として提案した「アンモニア製造新触媒の開発・実証」プロジェクトを採用したと発表した。

 研究開発概要は、2030年までに、アンモニアを高効率に製造するため、HB法より低温・低圧でアンモニアが合成可能な新触媒をコアとするとする技術を開発し、商業装置を念頭に置いたベンチ及びパイロット試験での技術実証を行うというものだ。

 研究開発項目は2つあり、一つ目の触媒開発では「反応温度圧力を下げてワンパス転化率30%以上を確保できる高活性な触媒の開発と工業化」、二つ目の最適プロセスの構築では「アンモニア製造の運転コストを15%以上低減する合成技術の確立」となっている。

 プロジェクトには千代田化工のほかに、東京電力、JERAがプロセス開発・技術実証実行者として参加しているほか、大学等研究機関を含んだ3チームが触媒開発・触媒工業化を競う。計画では2024年度末までにステージゲート1として、3チームの開発触媒を1つに絞る選定ステージが設定されている。

 Aの千代田化工、名古屋大学チームは、名古屋大学大学院工学研究科 永岡勝俊教授の研究グループが研究開発を行ってきたMgO担体上に主触媒としてCoを担持させ、プロモーターとしてBaがCoを取り囲む構造の触媒をベースにしている。プロジェクトの2022年中間報告では、名古屋大学が活性向上の見込める複数の助触媒を見いだし、千代田化工が保有する触媒担体コーティング技術を適用して高表面積化を検討している。

 Bの東京工業大学(現、東京科学大学)フロンティア材料研究所 細野秀雄栄誉教授の研究グループは、2012年に石灰CaOとアルミナAl2O3からできているセメント物質に電子をドープしたC12A7エレクトロライドにRuを担持させたエレクトロライド触媒が低圧・低温度でアンモニアが合成できることを論文発表している。現在は貴金属であるからRuから非金属主にCoを担持した触媒に開発を移し、2022年中間報告では、エレクトロライド系担体に複数の非金属主候補のCo担持触媒を検討しているとしている。

 Cの京都大学チームは、京都大学大学院工学研究科 陰山洋教授らの研究グループは、ヒドリド化合物によるアンモニア合成の研究を行ってきた。2015年にはヒドリドをドープしたペロブスカイト型酸水素化粉末を担体として、金属または金属化合物が担持されていることを特徴とするアンモニア合成触媒の特許を取得している。2022年の中間報告では、チタン酸バリウムペロブスカイトBaTiO2.4H0.6の改良、及び遷移金属を含む酸水素化合物による触媒について検討を行っている。

所感

 従来の肥料などの現材料として、今後の水素社会での水素キャリア、及び石油代替燃料としてアンモニアは注目されている。1910年代にBASFがHB法によるアンモニア合成を開始してから、100年以上経ても基本プロセスは変わっていないが、プロセス要素の改良や触媒の改良・開発によって、アンモニア合成転化率、エネルギー効率は大幅に改善されてきた。

 地球温暖化ガスを排出しないということから、現在のHB法プロセスから排出されるCO2を地中に貯留するなどでカーボンニュートラル化を図るブルーアンモニアや、太陽光発電など持続可能エネルギーによる水素を使用したグリーンアンモニア製造では、アンモニア合成触媒を使用したHB法が活用され、新触媒及び新触媒を活かすプロセスの開発は意義のあることかも知れない。

 一方で、エネルギー源としても、燃料としても経済性が伴わなければ、市場に受け入れられず開発した技術は日の目を見ない。現在の商用化アンモニア合成プロセスは、原料となる天然ガスが産出される地域に、生産規模が4,000TPDという大規模なプラントを設置し操業することで、設備投資コストや輸送コストを最適化している。また、触媒も非貴金属を使用し、20年という長期の使用が前提になっていて操業コストへの負担も少ない。

 NEDO GI基金事業での「アンモニア製造新触媒の開発・実証プロジェクト」の目標は、商用運転されているHB法からみると野心的に高いが、電気化学的に水素と窒素から直接アンモニアを合成するなどの新規の方法に比べたら革新的ではない。自然原理を発見・追求し、独自のアイデアで未知の分野を切り開いていくという研究者の使命と、世の中に実用的な製品を市場に供給していくという実務者の立場は、ベクトルが合わないと感じる時がある。NEDO GI基金事業での「アンモニア製造新触媒の開発・実証プロジェクト」でのステージゲート1でどのような開発触媒が選択され、今後どのように進展していくか注目していきたい。

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