つばめBHBの低圧アンモニア合成プロセスを支える三菱ケミカルの膜分離技術
つばめBHBの低圧アンモニア合成プロセスを支える三菱ケミカルの膜分離技術

つばめBHBの低圧アンモニア合成プロセスを支える三菱ケミカルの膜分離技術

 低温低圧でアンモニアを生成できる触媒を基にした東工大発のアンモニア製造スタートアップつばめBHBは、2023年6月28日、分離膜を導入して省エネ型アンモニア合成プロセスを開発すると発表した。従来から低圧法アンモニア合成プロセスでは合成ガスからアンモニアを分離するための課題が顕在化していた。つばめBHBは三菱ケミカルの分離膜を使用してこの課題を解決しようとしている。

目次

 日本初のブルーアンモニア製造実証試験
 ブルーアンモニア製造技術に関するFS
 HB法アンモニア合成条件
 ケロッグ社低圧アンモニア合成とアンモニア分離
 つばめBHBの低圧アンモニア合成
 三菱ケミカルのアンモニア分離膜
 分離膜での挑戦

日本初のブルーアンモニア製造実証試験

 NEDOは2022年11月15日、国内初となるブルーアンモニア製造に係る技術開発事業に、株式会社INPEXが提案したINPEXが新潟県柏崎市に保有する東柏崎ガス田でのプロジェクトを助成事業として採用すると発表した。2022年度から2025年度までの期間で100億円程度の事業規模を見込む大プロジェクトだ。

 プロジェクトでは東柏崎ガス田平井地区に施設を建設し、INPEXが新潟県内で生産する天然ガスを原料として、年間700トンの水素を製造し、一部はアンモニア製造に使用、残りは水素発電に使用する。アンモニア製造に発生するCO2は枯渇ガス田へCCSを行う。

 INPEXは7月12日に、地上ブラントの建設工事開始を発表した。CO2分離回収を含むアンモニア製造設備以外は日揮株式会社がEPCを実施し、アンモニア製造整備は第一実業株式会社がつばめBHBの技術を採用してEPCを行うとしている。実現すればつばめBHBのアンモニア製造技術が実証設備で採用されるのは初めてとなる。

ブルーアンモニア製造技術に関するFS

 INPEXは2021年度にブルーアンモニア製造技術に関する実現性検討(FS)を行っている。公開されている報告書では、従来HB法アンモニア合成プロセスにCCS/CCUSを組合わせたプロセスと、低圧アンモニア合成に合わせて水素製造工程の高圧化を行い、空気分離装置(ASU)とアンモニア液化工程にLNG冷熱を利用するという提案プロセスの比較を行っている。結果は、従来法に比較してアンモニア製造コストが8%から10%削減可能としている。

 従来法に比べ提案法はいろいろな変更点があるが、LNG冷熱の使用がコスト低減の鍵だ。低圧アンモニアプロセスだけを見ると、従来HB法よりも低圧であるため原料の圧縮動力は削減できるが、液化工程の冷凍機の負荷増大によるコスト増がメリットを上回るという結果だ。また、単通反応率が低下するため反応器に入る流体を加熱するのが優先され、回収されるスチームが低圧(低温)になってしまうという課題がある。解決方法として5MPa程度とした反応圧力をもう少し高い圧力範囲に変更し最適運転条件を検討する必要性があるとしている。

HB法アンモニア合成条件

 ドイツの物理化学者フリッツ・ハーバーとBASFのエンジニアであったカール・ボッシュが発明したHB法によるアンモニア合成は、BASFが1913年にオッバウ工場でアンモニアを原料とした肥料の製造により商用運転が始まった。

 HB法では、当初二重促進鉄触媒Fe-K-Alを使用して500℃、30MPaという高温高圧化でHとNを反応させてNHを合成した。その後、鉄触媒の改良などによって現在では合成温度は400から450℃、圧力は16MPa程度で運転されていると言われる。

ケロッグ社低圧アンモニア合成とアンモニア分離

 米国のケロッグ社(現、KBR社)は1992年に、ルテニウム触媒(Ru/Cs/Graphite Carbon)を使用したKellog Advanced Ammonia Process(KAAP)を発表した。ルテニウム触媒は、鉄系触媒に対して活性が10から20倍高く、従来HB法に対して低圧となる9MPaでの合成が可能となった。

 アンモニア合成プロセスのエネルギー効率向上のためには低圧での合成が有効ではあるが、アンモニア合成反応は平衡反応であるため、合成管で反応した合成ガスにはNH3のほか、未反応のH2とN2などが残りこれらを分離しなければならない。NH3の常圧での液化温度は-33℃であり、H2が-253℃、N2が-196℃であるので、合成ガスを常圧で-33℃に冷却すれば、NH3とH2、N2を分離することができる。

 実際にはアンモニア合成は高圧で行われるため生成ガスを-33℃まで冷却する必要はなく、水やNH3を冷却した冷媒、液体窒素などを使用してアンモニアの臨界温度Tc=132.4℃(臨界圧力11MPa)以下にすればアンモニアを液化することができる。

 ケロッグ社のKAAPは9MPaの低圧でのアンモニア合成を可能にしたが、この条件では合成ガス中のアンモニアを冷却できる冷媒がなく、エンジニアたちは液吸収やPSA、膜分離などほかのアンモニア回収方法を検討せざるを得なかった。

つばめBHBの低圧アンモニア合成

 つばめBHB株式会社は、東京工業大学細野秀雄栄誉教授らのグループが開発した、既存のRu触媒よりもさらに10倍程度活性の高いと言われているRu担持エレクトロライド触媒(C12A7)をベースとしている。この触媒技術を基にして、つばめBHBは2017年に味の素株式会社や投資ファンドのUMIなどが出資して設立された。基本的にはグリーンアンモニア製造用の日量15トン程度までの小規模分散型アンモニア合成モジュールの販売を目指していて、それ以上の規模については基本設計と触媒販売を行い、EPCはエンジニアリング会社に委託するというビジネスモデルを公表している。

 INPEXのブルーアンモニア製造技術に関するFSでは、低圧法アンモニア合成プロセスが想定されていて、アンモニア合成反応器へのmakeupガスの圧力と温度はそれぞれ5.55MPa、400℃となっている。

 5.55MPaという圧力はケロッグのKAAPで採用された9MPaよりも低く、生成ガスからのアンモニア分離にはさらに困難が伴うが、細野栄誉教授らは、つばめBHB会社設立に先立って混合ガスからのアンモニア分離の方法として、三菱ケミカル(当時は三菱化学)の分離膜を採用して研究している。

三菱ケミカルのアンモニア分離膜

 三菱ケミカルは、分離濃縮ソリューションとしてのゼオライト膜の商品群を持っている。バイオエタノールや溶剤回収など工業用途に使用されるゼブレックス(ZEBREX)や、飲料や香料など食品用脱水濃縮用コンカー(KonKer)だ。また、NEDOグリーンイノベーション基金事業に採択された人工光合成からの化学原料製造技術の開発・実証プロジェクトでは、ゼオライト膜を使用して水素を分離する技術開発を行っている。

 三菱化学は2012年9月に、「アンモニアの分離方法」の特許を出願している。酸素8員環を有したCHA型アミノケイ酸塩ゼオライトを使用することで、NH3、H2、N2を含む混合気体からNH3を高収率で分離できるというものである。

 2013年から2018年まで細野教授らのグルーブは、JSTのACCELプロジェクトとして、つばめBHBの前身となる研究「エレクトロライドの物質科学と応用展開」を実施している。この時三菱ケミカルは、CHA型ゼオライトの細孔径がアンモニアの吸着によって閉塞する課題を、アンモニア分子よりも分子サイズが大きい細孔を持つゼオライトに積極的にアンモニアを吸着させることでアンモニアの分離性能が向上することを発見し特許出願している。

分離膜での挑戦

 つばめBHBが6月28日発表したアンモニア合成プロセスへ分離膜導入の内容は次の通りだ。

 「つばめBHB株式会社は、弊社アンモニア製造プロセスに分離膜を導入すると、製造に必要な電力を約20%削減でき、高濃度のアンモニアを分離濃縮できることを確認しました。今回、弊社の試験設備を使い、アンモニア製造実機を想定した条件で、三菱ケミカルグループ提供の分離膜の性能を評価しました。当初想定を超える分離性能が確認出来、膜を透過したガスのアンモニア濃度は95%以上になりました。」

 ゼオライト膜によるアンモニア分離性能は100%ではない。N2に比べH2はゼオライト膜を透過しやすく、Ru触媒によるアンモニア合成ではN2リッチでアンモニア収率が高いことが、Ru触媒による低圧法アンモニア合成で膜分離を採用する要因にもなっている。とはいえ、アンモニア合成プロセスでの製品としてのアンモニアは95%よりも高純度が望まれる。

 低圧アンモニア合成では冷却によるアンモニア分離が有効ではなく、つばめBHBのプロセスでは膜分離による分離プロセスが採用されている。三菱ケミカルの膜分離技術は、つばめBHBの低圧アンモニア合成技術を支える肝と言っても過言ではない。

INPEXによるブルーアンモニア製造技術に関する実現性検討報告書では、低圧アンモニア合成プロセス部分の物質収支が抜けている。INPEXはLNGの未利用冷熱をアンモニア液化工程の冷媒に使用することが想定しているが、つばめBHBは三菱ケミカルの膜によるアンモニア分離を中心に開発を行っている。アンモニア製品を得るために最終的にどのように分離プロセスが構築されるか注目したい。

参考:

  • NEDO 2021年度調査報告書 カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/次世代火力発電技術推進事業/ブルーアンモニア製造技術に関する実現性検討 2022 年3 月
  • 特開2014-58433 三菱化学株式会社
  • WO2018/230737 三菱ケミカル株式会社
  • 特開2022-95749 三菱ケミカル株式会社

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